亀と御曹司と死神!?

第2話 亀と御曹司と死神!?


 目を開けると、とても懐かしい光景が広がっていた。


 清潔感のある真っ白な壁紙が印象的な四角い病室。


 ベッドの右側には大きな窓があって、そこから病院の裏側に等間隔に植えられた桜の木々がよく見える。


 だがまだ四月にはなっていないはずだ。


 それなのに、あの日と同じように桜の木は満開で、半分ほど開けられた窓からは、春のあたたかな風に煽られた桜の花弁が舞い込んでいる。


 ベッドで横になっている私の元にまで花弁がひらひらと舞い降りてきて、そのうちのひとつが掌にはらりと舞い落ちた。


 窓から射し込んでくる穏やかな陽光が反射していてとても綺麗だ。


 その綺麗な薄桃色の花弁を間近で見ようと掌を引き寄せようとしたところで、身体のあちこちに鈍い痛みが走った。


 ちょうどそこで、桜の花弁も、懐かしい光景も、あたかも夢でも醒めるかのように見る影なく消え去ってしまう。


 後に残されたのは、殺風景な病室のベッドに横たわっている私と鈍い痛みだけだ。


 ーーあぁ、そういえば、事故に遭ったんだっけ。


 てことは、ここは運び込まれた病院なのだろう。で、助かったということだ。


 助かったのは良かったけれど、入院費も必要だろう。


 ーー近々引っ越しだってしなくちゃいけないのに……。大丈夫かな?


 身体の痛みなんかよりも、重くのしかかってくる現実に、どうしたものかと頭を抱えることしかできないでいた。


 ……といっても、事故で負傷しているらしい身体のあちこちが痛いため、実際には抱えることなんてできないのだけれど。


 そんな時だった。

 

 コンコンと病室の扉をノックする音が聞こえてきて、私が答えようとした時には、既に扉が開け放たれていた。


 それは別に構わないんだけど。


 ただ、入ってきた人物にちょっと問題があった。


 正確には、身体が痛くて起き上がることができないでいる私が横になっているベッドまで無言で近づいてきたふたりの男性。


 看護師さんかお医者さんだと思っていたけど、スーツ姿からして、そうでないのは一目瞭然だった。


 ふたりともマスクをしているせいで、表情は読み取れない。


 ひとりは、マスクをしていてもとても整った綺麗な顔立ちをしている長身の若い男性。


 もうひとりは、その若い男性に仕えるようにして傍に控えて立っている。


 その男性の目つきはとても冷ややかで、鋭利なナイフのように鋭い。


 そして何故か、手には亀が入った三十センチほどの水槽を大事そうに抱えている。


 なにより、その男性の顔色が頗る悪く蒼白い。


 ーーも、もしかしてこの人たちって、死神? 私、自分では気づいていないだけで、やっぱり死んじゃったのかな?


 どこから喋ってたのかは定かじゃないが、どうやら私は思ったまんまを口にしていたらしい。


「いいえ、助かりましたよ。少し頭を打っていたようで、三日間意識は失っていたものの、幸い打撲とかすり傷だけで済みましたしねぇ」


「そうなんだ。良かったぁ。あっ、私、思ったこと喋ってたんですね? すみません……っていうか、あなた達は一体、どこのどなたですか?」


 それに対して答えてくれたのは、意外にも死神(どうやら死神ではないようだけど)だった。


「これはこれは失礼いたしました。わたくし菱沼ひしぬま朔太郎さくたろうと申します。そしてこちらが桜小路さくらこうじグループご当主のご子息であり、私が執事兼秘書としてお仕えしております、桜小路はじめ様でございます」


 ーーさ、桜小路グループっていったら、戦前には日本最大の財閥で、解体された今でも日本経済に多大な影響力を持つという、財閥系企業のことだよね。その御曹司が私に何の用があるっていうんだろう……。


 首を傾げる私に、御曹司である桜小路さんから実に素っ気ない声がかけられた。


「どうも」

「……はぁ、どうも。で、どういったご用件でしょうか?」


 感じ悪いなぁ、と思いながらも用件のほうが気になって先を促したところ。


「あなた様は、こちらの創様がたいそう大事にされております、こちらのカメきちの命の恩人でございますので、そのお礼をさせて頂きたく、この三日間伺っておりまして。ようやく意識が戻られたようでなによりです」


 返ってきた言葉に私はもっと首を傾げることとなった。


 カメ吉って、水槽に入った亀のことだよね? でも命の恩人って……どういうこと?


 あの時は確か、女の人だった気がするんだけど……。


 それとも私、事故で頭打って可笑しくなってんのかな?


「……はぁ……うッ!?」


 事故に遭った時の記憶を辿りつつ思案していた私は、生返事を返した直後に強烈な頭の痛みに襲われ、そこで思考が遮断されてしまった。



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