第5話 彼女の部屋

 DMの内容からして、殺害予告と捉えて問題はなかった。

 俺は警察に相談する事を提案したが、冴香は首を縦には振らなかった。


 校内の倉庫の中で、淫らな行為に及んだ事が、公になる事を懸念したのだ。

 当時の俺たちは、まだ世間の事をあまりよく知らなかった。ネット上に溢れる情報で知識を得るも、その意味はあまりよく解っていない。

 警察が介入すれば、当然、家や学校を巻き込む事になるだろう。

 その程度の理解で、大人を巻き込むには抵抗を感じ、自分たちで解決する方法を模索していた。


 相手の手の内、すなわち、相手がどんな画像を持っているのかがわからない以上、こちらから反撃のしようがない。


 迂闊な行動で相手を刺激して、冴香の淫らなおっぱい画像が拡散されでもしたら、彼女へのダメージは多大だ。

 ダンサーという夢だって、ついえてしまうかもしれないのだから。


 この日の帰り道。

 俺たちは学校を出て、そのまま冴香の家に向かった。


「ずっと誰かに監視されてるみたい」

 と、冴香が外でデートする事に抵抗を見せていたからだ。

 ああいうメッセージが来たのだ。仕方がない。


 俺はできるだけ、『サエちん』を刺激しないよう、彼女から距離を取りながら家に向かった。


「両親とか大丈夫? 突然、俺が行ったらびっくりしない?」


「大丈夫。ママは韓国のおじいちゃんの所に行ってるし、パパは仕事で明日の朝まで留守よ」


「え? 韓国?」


「そうなの。私のママ、韓国人なんだ」


「あー! なるほど」

 彼女の体つきや動きが、日本人離れしていたのはそのせいかと、腑に落ちた。


「韓国のおじいちゃん、病気だから、看病に行ってるの」


「へぇ、韓国のどこ?」


「釜山ってわかる?」


「ああ、行った事はないけど、聞いた事はある」


「ソウルに次ぐ第二都市よ。よく、映画やドラマの舞台になったりするかな」


「へぇ。韓国のドラマや映画ってあんまり見ないからピンと来ないけど」


「私もあんまり知らないの。たまにしか行かないし、ママはずっと私に韓国人だって事隠してたから、あまり話もしてくれなかった」


「へぇ、複雑なんだね」


「そうでもないよ。ここよ。どうぞ」


 ふと気が付くと、高級住宅が立ち並ぶ一角に、小さな庭を有したおしゃれな一戸建ての前に来ていた。


「え? ここ、冴香んち?」


「そうだよ」


「すげー、お嬢様じゃん」


「そんな事ないよ。パパが建築家だから、拘った家を建てただけよ」


 外観は石造りで、重厚感がある。

 大通りに面しているせいか窓は少な目で、高い壁がまるで大事な宝物を守っているかのようだった。


 中に入ると広々とした玄関には、ほんのりとお香の香りがした。


 白基調の壁に淡い色合いのフォトフレームが至る所に飾ってある。

 ちょっとした美術館のようで、思わず目を奪われる。


 フレームの中は主に家族写真で、どれも穏やかな笑顔。

 にこやかに赤ちゃんを抱っこしている男女は、当然冴香のご両親なわけで、俺は少し申し訳ない気持ちでそれに向かって頭を下げた。


「あんまり見ないで。恥ずかしい」


「ああ、ごめんごめん」


 彼女に着いて、2階へと上がる。

 階段にも壁一面にフォトフレームが飾ってある。

 形も色も様々なのに、どこか統一感があり、洗練された雰囲気だった。


「お母さんはインテリアデザイナーなんだ。だから、内装もけっこう拘ってるの」


「へぇ、おっしゃれー」

 俺には無縁の職業だと思った。


「ここ、私の部屋よ」


「お邪魔します」


 冴香が広げた扉の向こうも、やはり白基調で、淡いピンクのインテリアで統一されている。

 カーテンもベッドカバーも、センターラグも、可愛らしい淡いピンクだ。


 冴香と同じ匂いがする。


 窓辺には小さいバラの鉢植えが並んでいて、香りの正体はこれなんだと理解した。

「ミニ薔薇?」

「そう。これ食べられるのよ」

「え? 食べるの?」

「そうジャム作ったり、サラダにトッピングしたり」

「すっげー。食糧だったのか」


 道理で、体まで薔薇の匂いなのか。

 あそこも、薔薇の匂いがするのだろうか? なんていかがわしい事を考えていた。


「座って」

 ベッドとソファは兼用らしい。促されてベッドの上に腰掛けた。

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