第二章

第1話 舞&シロ

「大声出すなよ。お前のママがこんなシーン見たら、悲しむぞ」


 酒臭い息が耳元を撫でる。

 

「股を広げろ。俺が見てやるから」

 強い力で、ぐいっと膝を押し広げて来る。


 母親を悲しませたくないというのは、子供の本能なのだろうか?

 私の脳裏には、これまでのママとの時間が、走馬灯のように巡っていた。


 お人形のようにかわいがられていたのは5歳ぐらいまで。

 物心ついた時は、ママはもう私の事なんて全然見てなくて、私はいつもママの横顔でご機嫌を伺う毎日だった。


 夜は遅くまで男と酒浸り。

 朝ご飯は作らず、毎日寝ている。

 服や靴が小さくなっていくのにも気づかない。

 その癖、お祝いだけは大好きで、初潮の時も派手にお祝いしてSNSに投稿。

 私がどれだけ恥ずかしかったか……。


 いい母親になる事はとっくに放棄したくせに、いつも私にはいい子を強要する。

 反抗もせず大人しく口をつぐんでおけば、ママはそれで満足だったのだ。


 この事態に、ママが何を悲しむっていうの?


 内ももを這う、ぬめっとした感触に、全身が総毛立つ。

 はぁはぁと荒い息を下半身に感じていた。


 気持ち悪い。


 ふと、目の端にネイビーのシャーペンが映った。

 クロから回収した、シャーペン。

 別に大切にしていたわけじゃなかったし、上げたって問題はなかったが。

 クロのいう通り、あの部屋に入るための単なる口実に過ぎなかった。


 うんと手を伸ばして、シャーペンを手繰り寄せる。


 今、ママに復讐の時よ。

 この事態に、多いに悲しめばいい。

 ママの人生なんて、知ったこっちゃない。


 私はシャーペンを握りしめて、大きく振りかぶった。

 太ももに目がけて思い切り振り下ろす。


 グサッ!!!!


「ううううっ……」

「ふわっ、ああ、ああ……。う、う、うわぁぁぁぁーーーーーーーー!!!」


 静けさを割くような、信也の悲鳴が響き渡った。


 ◆◆◆


 次の日。

 舞は学校に来なかった。

 寂しいような、ほっとしたような、複雑な気持ちだった。


 舞は、シロのピンチを知っているだろうか?

 舞の事だから、きっと勘違いしたままヤキモキしているのではないかなんて、俺は全く見当違いな事を考えていた。


 昨夜、シロは例の女子高生の事をこう話していた。

『俺は未成年だったなんて、知らなかったんだ』


 例の女子高生は超がつく太客で、シロを目当てに来店していたらしい。

 SNSでシロを知った彼女は、始めからずっと指名で、金遣いは荒く、金払いはいい。

 一時、ナンバー2に降格していたシロにとっては救いの女神だったのだそう。

 彼女のお陰でナンバー1に返り咲けたのだと。


 彼女が未成年だと知ったのはほんの数日前の事で、主任のホスト伝手でその事実を、シロは知る事になる。


 そもそも、ホストクラブに未成年は入れない。

 彼女は、成年済みのお姉さんの免許証を提示して、フロントの年齢確認を突破していた。

 店側としては凡ミスと言うべきか、騙されたという体をとるべきか、微妙なライン。


 シロはもちろん、手は出していなかったが、未成年者を店に入れたとなると、代表である以上、お咎めなしというわけにはいかない可能性もある。


 しかも、毎回支払われる大金の出所も気になる所。


 今後、店に入れないための対策として、外で食事をして帰って来たらしい。


 恐らく、シロは今の店を辞めなければならなくなるかもしれない、と言う事だった。


 シロは職を失うかもしれない。

 その事で、かなりナーバスになっていた。

 ホストという仕事はシロにとってアイデンティティであり、生き甲斐なのだ。


 しかし、俺にとっては大した事案ではない。


 俺たちはこれまでもずっと協力して生きてきた。

 これからだって、俺はそのつもりでいた


 シロが無職になったって、俺が稼ぐから問題ない。


 それよりも、今は舞の傍にいてやって欲しかった。


 舞が求めているのは、俺じゃなくて、シロなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る