第84話

「リティ? 急に走ったから疲れた? 」

「あ、い、いいえ。賑やかで楽しいわね」

「そうだね」

 若い恋人たちが、音楽にあわせ自由に体を揺らしている。リティアたちの知ってるダンスとは違い、楽しめばいいといった決まりのないものだった。

 

 気持ちが昂って来るのだろうか、恋人たちの距離感や仕草にリティアは目のやり場に困った。時々はやし立てる声が聞こえるが、彼らはお互いしか見えていないようだった。自由に恋愛が出来るここではよくある光景なのだろうか。


「リティ、僕たちも行ってみよう」

 すっと手をリティアに差し出す。ヴェルターの誘いにリティアはどきりとした。リティアとヴェルターは婚約している。だが、今となっては先が不透明で、幼馴染といった方がしっくりくる。恋人ならば、あのように近づいても自然なのだろう。ダンスのようにお互いの動きや距離が決まっていない。どうすればいいのだろうか。ヴェルターはどうするつもりなのだろうか。


 リティアの躊躇に、ヴェルターはふっと困った顔のまま作り笑いをした。リティアのヴェルターが触れなかった手はきゅっと強く結ばれ、ヴェルターは「じゃ、先に行くね」そう言って輪の中に入って行った。


 ヴェルターは一人で踊り出した。適当に音楽に合わせているだけなのだろうが、ヴェルターはそこにいるだけで品が良く他の人たちとは違う。ブラウンの髪であろうといるだけで目が追ってしまう。街の女の子たちがチラチラとヴェルターに熱視線を送っている。熱視線だけでなく、声を掛けようとしている子に気が付いた時だった。


 リティアは体が勝手に動いていた。気づけばその子を阻止するようにヴェルターの元へ駆け寄ったのだ。ヴェルターは驚いた様子だったが、直ぐに笑顔でリティアの手を取った。他の恋人たちは合わせた手の指を絡めていたがヴェルターは社交界でのダンスと変わりなくリティアの手を取るだけ。それがかえって疎遠であるように感じさせた。不慣れでぎこちないリティアをヴェルターはリードしてくれた。失敗してもここではどうでもいいのだ。ヴェルターはまるでタガが外れたかのように笑いながら踊っていた。


 曲が変わったタイミングで二人は輪から外れた。

「ああ、楽しかった。休憩しよう。リティ、座っていて。飲み物でも買ってくるよ」

「ええ」


 リティアは近くの噴水付近の石段に腰を下ろした。マナーもドレスの汚れも気にせず腰掛ける自分にすっかり馴染んでいるものだと思い、つい顔が緩んだ。


 リティアは、自分の衝動がどのような感情からきているか自覚せざるを得なかった。嫌だと思った。ヴェルターが他の女性に触れることが。……ヴェルターの横に他の女性が並ぶことを、リティアは嫌だと思ったのだ。

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