第56話

「宮廷で見かける令嬢、そしてあなたの勤務先に関わりがある、」

 おのずと絞られてくるではないか。ぱっと顔を上げるとウォルフリックは観念するように白状した。

「スタイニッツ伯爵令嬢だよ」

「べルティーナ嬢! 」


 ウォルフリックは、恥ずかしくて顔が上げられないといった様子でリティアから顔を背けた。

「彼女とはどうやって知り合いになったの? 」

 

 リティアはべルティーナとは面識があった。ウォルフリックの想い人として意外と言うほどでもないが、彼女はそう愛想のいいタイプでもなかった。

「ちょうど、彼女と庭園を通るタイミングが同じ時期があって、あまりに会うものだから顔見知りになった。初めは会釈程度だったのが、一言二言と話すようになって。なんていうか、彼女は私に気負うことなく話してくれるんだ」

「なるほど」

 べルティーナは彼の前でポエマーにならなかった数少ない令嬢の一人、ということか。年齢の割に妙に落ち着きのある彼女は、ウォルフリックにとっては普通に話せる女性ということか。彼女の家門の事を考えると、彼女が例え相手がウォルフリックであろうが平常心を保ってられることがすっと腑に落ちた。そうか、彼女か……。目を引く派手さはないが、それもわざと計算されたものであることをリティアは知っていた。聡明で堅実な人なのだ。


 スタイニッツ伯爵の系統は優秀な人物を数多く輩出している。べルティーナは兄が二人いてどちらも文武両道で、令嬢たちの人気も高かった。二人ともとてもハンサムなのだ。兄二人はそれを良い事に多くの浮名を流し、それもうまく遊ぶもので、彼らを悪くいる者はいなかったが、それゆえべルティーナはハンサムな男性に免疫があり、かつ遊び尽くす兄のお陰で、男性に理想を押し付けることはなかった。


「いくらイケメンに免疫があるったって、ウォルは別格だから、落とせないわけはないわね」

 リティアはとがった顎を指で撫でながらそう分析した。彼女に婚約者、はいないと思うが……。まだ公になっていないだけの可能性もある。

「ああ、リティ。君は手荒れが治ったのかい? やはりオイルを塗るとすぐに治るのか。それなら、直ぐにでも渡すべきだな。そうだ、このくらいのプレゼント、婚約者がいたって負担にならないだろう」

「ええ、そうね。自分が使っているものだ。とかなんとか適当に言って渡せばいいじゃない」


 気軽に、という意味だったが、ウォルフリックは真剣なまなざしで眉を寄せた。確かに、イケメンの悩ましい姿は恐ろしくも見えるのかもしれないとリティアはその横顔を見て思ったのだった。

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