第18話 今こそ勇気を振り絞るとき


 私は頭を下げながらこの窮地をどうすればいいか考えていた。


 父は畳みかけるように話をする。


 「ソルティお前も公爵家の人間。貴族の結婚がどういうものかよくわかっているはず、どうしても殿下と閨を共にするのが嫌と言うならそうすればいい。殿下はいくらでも他の女で満足してくれる。そうですよね殿下?」


 「いや、それはまた別の話で…いや、ソルティが嫌と言うならそれでもいい。だから結婚は受けてくれ。ここまで譲歩したんだ。これで文句はないはず。だろう?」


 やられた。ここまで譲られたらもう逃れようがないではないか。


 どうする私。困ったぞ私。何とか…何とかいい方法は…???



 そうだ!


 私には人には絶対に言えない秘密があった。


 ずっと脳みその一番奥の奥にしまっていた記憶。


 こうなったらそれを暴露するしかない。


 この話をすればきっと王家も崩壊、父は爵位を取り上げられ職を失い失脚するだろう。そして国王も無事ではいられないかも…


 でも決断するしかない!


 私は顔を上げた。


 「私は大切な話があります。アルフォン殿下申し訳ありませんがアルパモント殿下を呼んでいただけませんか。殿下に証人になって頂きたいんです」


 「ソルティお前気は確かか?婚約の話をいちいち第1王子であるアルパモント殿下に聞いて欲しいだなんて…アルフォン殿下申し訳ありません。ソルティはきっと混乱しているんです。自分で言った事が取り返しのつかない事だったとわかって…それできっと焦っていて…それでこんな事を」


 いつもは堂々としている父が慌てふためいたように言葉を放り出す。


 「ああ、わかるよ。私も先日そんな気分だったからな。ソルティ私は気にしない。閨事の話は先にしてとにかく婚約はこのまま…結婚式も早めるとしよう。それでいいだろうソルティ?」


 アルフォン殿下はご機嫌らしく艶やかな髪をかき上げて微笑んだ。


 話はこれでうまく言ったとばかりに…


 「いいえ殿下。私がしたいのはそんなお話ではないんです。もっと込み入った殿下には理解できないような世界のお話なんです。いいからアルパモント殿下を呼んで下さい。それとも私が行って来ましょうか?呼びに!」


 アルフォン殿下の眉がピクリと上がる。


 その目は何が言いたいんだと言わんばかりに私を見据える。


 そこに父が割って入って…


 「ソルティそんな事を言って後悔するのはお前だ。いいのか?これ以上恥をかいても」


 父がそう言ってまた責める。


 そう言うのが私を煽り立てるんです!


 まだほんの少し戸惑っていた最後の瀬戸際にあなたたちは最後の一押しをしたのね。


 ほんとにあなたたちって最低!


 私はほんの少し残っていた戸惑いを一気に投げ捨てる。


 「いいですわ。こうなったら恥も外聞もありませんから」


 私はつかつか歩いて外にいた近衛兵にアルパモント殿下を呼びに行ってもらう。


 その間にルドルフに持たせていた荷物から日記を取り出す。


 (良かった。父が何かしたらいつ暴力をふるったか克明に書いた日記で対抗しようと思ってたけど、こんな事でこの日記が役に立つなんていいのかどうかもわからないけど、もうこうなったらやるしかないから)



 すぐにアルパモント殿下が現れた。


 「急な用だとか?アルフォン何があった?」


 アルパモント殿下はアルフォンに聞いた。


 「兄上を呼んだのはソルティ嬢です」


 「アルパモント殿下お忙しい所お呼びだてして申し訳ありません。ですがどうしても王家の方の同席が必要なお話ですので…それも信頼のおける方が…とにかく座ってお話を」


 アルパモント殿下も同席させる。


 私は重要な話だからと前置きをした。


 日記を持つ手は震えている。いいのだろうか?まだ迷いは残っていた。


 それでもと覚悟を決めた。


 「そもそもこれは9年前の話です。私の母が亡くなった事は皆さんご存知の事ですが…私はその時10歳でした。見た事をはっきり覚えていられる年齢でもありましたし母たちの会話もはっきりわかることも理解いただけますね?」


 「ああ、10歳と言えば記憶も人の話もきちんと分かる年齢だろう」


 アルパモント殿下は同意する。


 「私は母が亡くなった夜、父と母の言い争う声に気づいて夫婦の寝室をこっそり覗きに行きました。それまでも父が機嫌が悪いと怒鳴ったりする声が良く聞こえていたのですがその夜の言い合いはとてもひどく聞こえたのです。ですから私は心配になってベッドから抜け出て様子を見に行ったのです」


 私は自分でそう言っておきながら恐ろしいほどあの日の記憶が蘇った。


 そうだ。私はあの日の事をはっきりと覚えていた。忘れたことなどなかった。忘れようとしても忘れられることではなかった。


 でも、ずっとその事は脳内の奥深くに眠らせて来た。


 きっと子供心に自分を守ろうとしたからかも知れない。



 「私は子供の頃から見た事聞いた事を忘れないよう日記に書き留めて来ました。


 それを見ながらお話したいと思います」


 私は9年前のあの日の事を書き記したページを開く。


 思い出すだけでも喉の奥から嗚咽が込み上げて来そうなほどつらい記憶だったと脳の奥底が拒絶でもするかのように思わずめまいがした。


 私はそれを振り払うようにぎゅっと目を閉じるとまぶたの裏であの夜の事が脳内でフラッシュバックした。


 「うっ…」


 今ならまだ引き返せるかも…こんな記憶思い出すのもいやだ。


 でも、ここで目をつぶったら私はこれから先もずっと嫌な事から逃げて生きて行く事になるのよ。


 だから…



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