第2話 本当はこんな男こっちから願い下げしたかったんです
私はすぐに屋敷に帰った。
幸い父は出掛けていてほっとして部屋に戻った。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
リルがドレスを脱がせながら心配して聞いて来る。
「ええ、もっちろん!こんな気分がいい日は久しぶりよ。リルお風呂の用意をしてくれる?」
「はい、すぐに…」
リルはそう言って部屋を出て行った。
私は風呂の湯船につかりながらこれまでの4年間を振り返った。
最初に父から婚約の話を聞いたときは驚いた。でも父は何となく予想がついていたらしく当たり前のように話は決まっていた。
まあ、他の公爵家はすでに王子や王女と婚姻関係にあったから順番で言えば我が家と思っていても不思議ではなかった。
最初の顔合わせは王宮内の庭で行われた。
母は私が10歳の時に病で亡くなっていたので父親に連れられて出掛けた。
アルフォンは19歳で騎士隊に入っているらしく、正装の騎士隊服で現れた。付き添いは彼の側近年配のイゴールと護衛騎士ひとり。
それぞれの挨拶が終わるとすぐにメイドがお茶を運んできた。
そこで父と側近のが退席して、少し離れたところに護衛騎士が立った。
目の前のアルフォン殿下は大層眉目秀麗な方だとは聞いていたがこれほどまでとはと驚いた。
王族の証の白金の髪は長く後ろで緩く束ねてあった。
蒼翠色の瞳はまるでこの世のものとは思えないほど美しかった。
きれいな所作で彼が座るように促した。
それさえも一幅の絵画のようだった。
私は二度座るように言われてやっと再起動出来たらしくソファーにふたり揃って座る。
私は彼を見つめたままで何も言えずにいると。
「君。あっ、失礼。ヴィオレット嬢はいくつかな?」
彼がくすっと笑っていきなり年齢を聞かれた。
心臓が大きく跳ね返った。
「……あっ、はい、15歳です」
やっと答える。
「そうか…いや、いいんだ。緊張しなくていいから。さあ、お茶でも飲んで。お菓子も良かったらどうぞ」
「はい、いただきます」
カップを持つ手が震えた。
「どう?好みにあえばいいけど」
彼は微笑んでこちらを向く。
またしても心臓がバコンと飛び出しそうになる。そんな状態でお茶の味など分かるはずもなくうなずくのが精いっぱいだった。
お茶を飲み終わると彼は「僕はこれで…帰りはお父様がいるのかな?」
「いえ、侍女のリルが待機しています」
「そうか。じゃあ、また連絡する。今度会うのは次の王家主催の夜会かな?」
「はい、あの…陛下、私…至らない事ばかりで申し訳ありませんがどうぞよろしくお願いします」
「ああ、色々大変だろうけど頑張ってくれ。じゃ」
そう言うと彼は去って行った。
彼は白金の髪をさらりとなびかせ翡翠色の美しい瞳は無邪気な子供みたいに目尻が下がっていてそんな姿に私の胸は鷲づかみにされた。
私は恋に落ちたのだ。あんな男だとも知らずに。
それからは月に一度手紙が届いた。もちろんお伺いの手紙は彼が書いたものではなく側近の方が手配したものだと思われた。
誕生日にはいくつものプレゼント。どれも高価なアクセサリーだった。
私はすぐに学園に入学して月に二度ほど王宮である王妃教育を受けることになる。
友人に第3王子と結婚した姉をもつフィアグリット公爵家のメアリーと言う仲のいい友がいて、彼女から王子の婚約者なら王宮に出向くなら王子の執務室などに顔を出して帰ればいいと教えてもらった。
姉のミアもそうしていたと聞いたらしい。
婚約が決まって3か月。最初の顔合わせから一度もお誘いがなかった。
あの頃は彼にまた会いたいと思っていた。おぞましい限りだ。
私はこうして王宮に上がるのだからやっぱり挨拶ぐらいはした方がいいかも知れないと思い彼の執務室を訪ねることにした。
そんな事はこじつけでアルフォン殿下に会いたかったのだ。
さすがにどこにあるか分からず近衛兵に尋ねた。
「アルフォン殿下には執務室はございません。その代り騎士隊の敷地の中にお屋敷をお持ちになっていまして…婚約者の方でしたらご案内しましょうか?」
「でも…ご連絡も差し上げていませんし…」
「でも、彼の練習など見たいのではありませんか?アルフォン王子は女性には人気でしていつも取り巻きの方が練習を見に来られていますので、特に問題はないと思いますが」
「いつも取り巻きが?」
「いえ、ただ練習をご覧になるだけで、それ以上のご関係は」
近衛兵が余計なことを言ったと口ごもる。
「ええ、もちろんですわ。お互い婚約者がある身ですもの」
私は案内してくれる近衛兵について騎士隊の練習を見に行く。
アルフォン殿下は見当たらずならば屋敷にご案内しますと言われついて行った。
普通騎士隊には宿舎がありみんなそこで一緒に生活をするものだが、彼は王族と言うこともあり警備などの都合もあるのでこうやって小さいながらも屋敷を与えられているらしい。
その代り執事やメイドなどはいないらしい。屋敷は主に寝るために使われていると聞いた。
さすが王族だと思いながら私は屋敷のベルを鳴らした。
数分待っても返事がない。もう一度ベルを鳴らす。
「何度も誰だ?」
そう言ってばたばたと扉を開けたのはアルフォン殿下だった。
その出で立ちは上半身は裸で下にはタオルを巻き付けているだけの姿だ。
「きゃー!で、殿下。その…」
「うん?君は確か……あっ、婚約者のヴィオレッテ嬢!どうしてここに来たんだ?」
「すみません。いきなり伺って…でも王宮に来たついでにご挨拶をした方がいいかと…申し訳ありません。か、帰ります」
「ああ、そんな事はしなくていい。次は王家主催の夜会に誘うと言ったはずだ。もう帰れ!」
彼は慌てた様子でまくし立てた。
「アル?誰。もう、せっかくいい所だったのにぃ…」
甘ったるい声が聞こえた。
出て来たのはきれいな女性でアルフォンの背中に縋りつくように手をかけた。
「シャロン。中にいろと言っただろう?」
アルフォンが身体を攀じて乗せた手を振り払う。
「ご、ごめんなさい。お邪魔してしまって…失礼します」
私はその場を逃げるように走り去った。
(ああ…噂は本当だったんだ。彼が色々な女性と関係を持っているって…そう言えば最初の時も私の事ずいぶん子供扱いしてた気がした。まあ、私は魅力的でもないし身体だって…婚約者と言ったって好きで婚約したわけでもない。ただの政略結婚なんだから…)
たった3カ月。その日私の恋心は粉々に砕け散った。
それから4年。誘われるのは王家主催のどうしても出席しなければならない夜会のみ。
もちろんドレスは送られてくるが彼の瞳の色ではなかった。
一応迎えの馬車は来るがアルフォンはいない。夜会で迎えられ最初のダンスを踊るとそこからはお互い自由な時間を楽しもうと言う話になって、彼は仲のいい友人のマットと一緒に姿を消す。
それに追随するように何人かの令嬢たちも一緒に。
そんな事を繰り返されデートと言えばいつも友達絡み。
私の気持ちは回を重ねるごとに冷えて行った。
当然だろう。
もういい加減にしてほしい。
私だってそりゃあ最初は彼が好きだからと我慢しようとしたわよ。
でもさすがに4年もたてば愛は冷めるだろう。
いや、愛はなかった。
だからここ1年私は極力彼と会わないようにしていた。
当然。
だから向こうから婚約破棄をしてくれるなら願ってもない事。
出来る事ならこっちから願い下げしたかったんですから。
ほんと!
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