第4話

 信じられない。


 叔父達と私を遮るように立ち塞がるジーンクリフト様の、広くて逞しい背中を見て思った。


 ずっと慕っていた方が、私のことを気遣ってくれている。


 たとえそれが隣人として、近しい身内を亡くしたばかりの者への配慮でもかまわなかった。


 女しては背が高くて、大抵の男性は横並びか見下ろすしかないのに、彼は私が見上げることのできる数少ない人だ。


 五年前よりずっと男らしく逞しくなったジーンクリフト様は、その身分を嵩に着せることなく、自分達にも気軽に接してくださる。


 祖父を亡くし、一人になった私に普段縁の薄かった親類達がその財産を狙って連日私を気遣う振りをして訪れた。


 中でもしつこいのがグラント叔父で、彼は祖父の姉の子だった。生前から時折ご機嫌伺いと称してやってきては我が家を値踏みしていき、ことあるごとに自分の息子カーターと私との縁組みを仄めかしていた。


 もちろん祖父は彼らの魂胆をわかっていたので断固として受け入れなかったが、祖父が亡くなりますますしつこくなった。


 父親に似て怠惰で女を蔑視するカーターが、私は大嫌いだった。

 背が高く手足もひょろ長く、女らしい胸の膨らみも乏しい、私のような女がいい相手に恵まれるとは思わないが、彼と結婚するくらいなら馬と結婚する方がましだ。


 今朝も朝早くから押し掛けてきて、失礼極まりない。あげくに執事のリックスに暴力を振りかざそうとした。


 叔父の振り上げたステッキを颯爽と現れたジーンクリフト様が掴み、さながら物語に出てくる姫を助ける騎士ナイトのようだった。

 物語に出てくるお姫様は小柄で可愛く護ってもらうのが当たり前で、私とは似ても似つかないのはわかっている。


 それでも彼の登場は、まさに天の助けだった。


 叔父達がすごすごと引き下がり帰っていくのを見送り、居間で改めてジーンクリフト様と対面した。


 少し前に魔獣討伐から一度領地に戻ってこられたが、すぐに首都へと向かわれたので、五年半振りの彼はますます素敵になっていた。


 討伐の統括者で直接彼が魔獣と闘うことは滅多にないと聞いていたが、それでも彼が無事にこうして目の前にいることが信じられなかった。


 艶やかな黒髪に蜂蜜色の瞳。討伐で不自由な思いをされたのか、顔は精悍に引き締まり動きにも無駄がない。確かそろそろ彼も三十歳。彼が未だに独身なのが信じられない。


 祖父が亡くなる前に言っていた。滅多に首都へ行くことのない彼が討伐から戻りすぐに首都へ行ったのは、きっと花嫁を探すためだと。


 彼が戻ってきていた噂がまだ広がっていないということは、昨日遅くに戻ったばかりに違いない。

 彼は一人で遠乗りに出てきたみたいだが、首都からは一人で戻ってきたのだろうか。


「このお茶は君の所の? 美味しいな」


 出されたお茶を美味しそうに飲む彼を見ながらそんなことを考えていると、ふと顔を上げた彼と目が合い、思わず目線を下に向けた。


「そうです。昨年摘んだものですが、お口に合ってよかった」


 我が家は二百年程前から茶葉を栽培している。彼に出したのは去年摘んで、私が煎れ方に拘ったものだ。


「あの、遅ればせながら、ご無事のご帰還おめでとうございます」

「ありがとう。何とか生きて帰ってこられた」

「先ほどはありがとうございました」

「いいや、余計なことをしたかな」

「いいえ、彼らには何度も帰って欲しいと言ったのですが聞き入れてもらえず困っておりました」

「ならよかった。お祖父様のこと、夕べ遅くに帰ってヘドリックから聞いた。慌てて首都へ行ってしまったので、こんなことなら行く前にお会いしておけばよかったと後悔している。彼は私にとって良き隣人で自分の祖父のように思っていた」


「そんな、閣下にそう思っていただけたと知れば、祖父もあの世で喜んでいるでしょう」


 彼の優しい言葉に祖父のことを思いだし、涙が出そうになるのを堪える。彼の前でみっともなく涙を見せるのはしたくなかった。


「ヘドリックさんには、祖父の葬儀の手配など諸々お心遣いいただきました。私一人ではどうなっていたか。お陰で多くの方に弔問していただき、滞りなく葬儀を終えることができました。ありがとうございました」

「我が家の者がお役に立てたようでよかった。それで、少しは落ち着かれたのかな」


 彼がお茶と共に出したクッキーを口に頬張る。昨日気晴らしに私が焼いたものだが、まさか彼に食べてもらえるとは思わなかった。

 ひとつ食べて続けて二つ口にしたので、彼の口に合ったようで嬉しかった。


 祖父が亡くなってから、そんな気持ちになったのは初めてだった。


「はい。まだ色々とすべきことはありますが、幸い祖父がきちんと遺言を遺してくれておりましたので、難なく手続きできそうです」

「では全てあなたが引き継ぐのですか?」

「そうです。いずれ私が結婚すれば夫にとは思いますが、今はその予定もありませんし、三年前に祖母が亡くなってから、殆ど実権は私に任せてくれていましたので、実務上も特に問題ありません」

「それでは、あなたがここを采配しているのか」


 彼が驚いた顔をする。私がやっているとは思っていなかったのが、彼の驚きを見てわかった。


 彼も親類たちと同様、私には、女には手に負えないと思っていたのかと寂しい気持ちになった。

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