第2話

 新年の行事の後、いくつかの用を片付けて領地へ帰ってきたのは、二月の始めだった。


 ひと晩ゆっくり休み、翌朝早く運動がてら邸の周りを馬で走る。

 まだ春には遠いが、冴えた空気が気持ち良かった。

 敷地にある森を抜け、小高い丘にたどり着き、そこから領地を見渡す。

 左側に広がる範囲全てが我が邸の所有地であり、そこ向こうには多くの領民が暮らす街がある。

 遠くで教会の鐘の音が聞こえ、家々の屋根を朝陽が照らしている。

 ふと、右に視線を向ける。そこには隣人であるドリフォルト家の所有地が広がっている。

 ビッテルパーク家の所有する土地の十分の一程度の広さだが、昔そこもビッテルバーク家の土地だった。

 数百年前の魔獣討伐の際、当時のビッテルバーク家当主の命を救った部下に恩賞として邸と土地を与えた。それがドリフォルト家の始まりで、それ以降彼の子孫が代々邸と領地を護っている。

 魔獣討伐から首都へ帰還の報告に訪れ、一度領地に戻ったが、すぐに陛下に呼ばれて年の瀬から首都へ行っていた。

 夕べ遅く戻ると留守を任せていた家令のヘドリックから、隣人の訃報を聞いた。


「ドリフォルト卿が?」

「はい。先週」


 帰ってすぐに隣の領地を治めるサミュエル・ドリフォルトが亡くなったと知らされた。


「確か奥方も……」

「はい、三年前に亡くなられております。それからめっきり消沈されてしまわれて、噂では年末から風邪を拗らせ闘病されていたとか」


 サミュエル・ドリフォルトは、爵位はないが良き領主として領民に慕われていた。


「五年前、私が討伐に出る際に催した夜会で会ったのが最後だな。彼の息子夫婦も早くに亡くなっていたな」

「さようです。孫娘のセレニア様と三人でお暮らしでした」

「いくつになる? もう誰かと結婚している年ではなかったか」


 恰幅のいいドリフォルトと小柄な奥方。それからその側にいた背の高い彼女を思い出す。五年前はすでに社交界に出ていたから、彼女もすでに適齢期を迎えている筈だ。


「ご成婚の話は聞いておりません。ドリフォルト卿の奥様が亡くなられてからは、奥様の代理でドリフォルト卿を補佐されていると伺っております」

「では彼女は唯一の身内を亡くしたのか。ドリフォルト家にお悔やみの品は?」

「僭越ながら、閣下の名前で手配しました。セレニア嬢からもお礼の手紙を頂戴しております」


 そう言ってヘドリックから綺麗な文字で丁寧に綴られた手紙を渡された。

 奥方が亡くなった時は討伐に出ていたため、亡くなったと知ったときには、すでに数ヶ月経っていた。今度も葬儀には間に合わなかったが、今からでも一人遺されたセレニアにお悔やみを言うべきだろう。

 そう思い立ち、ドリフォルト家に向けて馬を走らせた。

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