赤の他人のひとりスケッチ
DITinoue(上楽竜文)
ウフ実は 赤の他人じゃ無かったの マイクにささやく 人気番組
この前、ちょっと旅行に行っていたんです。
行った先で、何やらイベントしてて、で、まあビンゴとかあったんですよ。
そこでマイクを握っていたのは、少し粘るような、癖のある声の人。
その人ね、なかなかに上手いんですわ、司会が。
ビンゴ開始まで、あと十分も時間がある! となると、「なら、ちょっと告知とかあるよ、という方、ぜひここで如何でしょう?」と、何度も修羅場を潜り抜けてきた歴戦の勇者のように、さらりとその場を繋いで。
そこで、誰も手を挙げないことを見ると、
「そうですねぇ、例えば『自民党総裁選に立候補するんだけど』とかいう方いらっしゃりませんかねぇ?」
とか言って、その場を騒がせます。
――なんだこの人、えらい上手いなぁ……。
と、僕はビンゴの数字が書かれたところに穴をあけてしまわんばかりに睨みながら、思っていたんですね。
自民党総裁選に立候補する人はどうやらいらっしゃらなかったようですが、告知に手を挙げた方がいらっしゃりました。
その人は、イベントで出店をしていた大学生で、自身と、お店の紹介をされ、ビンゴの抱負を語ると、何やら司会者と記念撮影パシャリ。
「どんどんインスタに挙げちゃって構わないですよぉ?」
若干粘り気のある声が、唇から出ます。
他に告知のある方はいらっしゃらなかったようで、司会者は即座に
「それでは、ここまで司会を務めてまいりました、私の軽い自己紹介でも致しましょうか」
と、話題を転換。
その時点で、僕は、そして、「まだあと七分もあんのかよ……」と思っているであろう他のお客さん数人は、ビンゴの数字に視線というレーザービームを浴びせていたはずです。
「みなさん、もしかすると、私の声に、聞き覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか?」
きき⤴お⤵ぼ⤵えの、と独特なアクセントをつけて話し出す司会者ですが、僕にはとんと見当がつきませんでした。
しかし、会場、俄かにざわつき始めます。
「実は私、お正月なんかに放送している、(超有名番組の名前)のナレーションをしているのですが……『Aの△は××××、Bの△は××××っ。果たして、□□□□は……』」
会場のボルテージが、恐らくこの日トップになったでしょう。
「え、あの人」
「あれか!」
「そう言われたらそうや!」
「うお、やばい」
「結構えらい人やったんか!」
隣の人と顔を見合わせ、司会者の癖のある喋りに耳を傾ける参加者。
「他にも、**系列で、この間も放送しました、『(有名芸人の名前)の◇◇◇』もそうですし、もう三十年以上も放送しています、『(大御所芸人の名前)☆☆☆』の天の声も務めさせていただいているんですね。さらにさらに、あの国民的アニメ、『○○○○〇』のナレーターも! お判りいただけました? いやぁ、ありがとうございます、ありがとうございます」
大儀そうに曲がる唇。
僕は、何も言えずにその場で司会者の顔を凝視していました。
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