第42話 対決

「アンリ……」


 暗い部屋の中。

 意識のない友人を抱える彼女の姿は、痛ましかった。


「ギンがやったの?」


 アンリが肩越しに振り返る。

 その迫力に、オレは一歩後退あとじさった。


「いや、オレは……」

「あらあら。どこから忍び込んだのかな、この子猫は」

「ボス……」

「やったのは私だよ」


 ボスは挑発するように笑う。


「自己紹介は必要かな」

「……いらない。春奈をこんな目にあわせた奴だってことさえわかってれば、それでいい」

「ふふ。いい切り返しだね」

「ぐちゃぐちゃにしてやる」


 ボスはパンパンと手を叩いた。


「曲者だぞ。出会え出会え」


 すぐに四人の女がさんじ、団体競技のような一体感で、ボスの前にひざまずく。


「いかように」

「怪我はさせるな」

「御意!」


 日本支部配属が決まり、四人とも最初は散々嫌がっていた。

 でも結局は日本文化にドはまりして、全員が全員、くノ一みたいになった変な奴らだ。

 でも実力は折り紙付きだ。

 全員がAランクで、しかもかなり上澄うわずみに位置する。


 怪我をさせてはいけない、というのはかなりのハンデだが、徒手空拳としゅくうけんは向こうも同じ。

 四対一で、しかもくノ一隊は連携も抜群なのだ。

 それ以前に、相手は強いと言っても、冒険者ですらない女子高生だ。


 当然、戦いは一方的に……。

 いや、そもそも戦いにすらならないかもしれない。

 そう思ったのに……。


(……嘘だろ)


 戦いは、確かに一方的だった。

 ただし圧倒してるのはアンリの方だ。


 くノ一隊は防戦一方。

 お互いがお互いをフォローし、なんとか持ちこたえているだけだった。


(まさか、ここまで……)


 ボスが尋ねてくる。


「どう見る? ギン」

「……おそらくオレと同じくらい」


 オレは歯ぎしりする。


「いや……たぶんオレより強いです」


 ボスが俺の頭を撫でる。


「ふふ。その差を自覚でき、認めることができるなら、ギンはまだまだ強くなるよ」

「……ありがとうございます」


 そうこうしているうちに、均衡きんこうが崩れる。

 くノ一の一人が打倒うちたおされてしまったのだ。


 そこからはあっという間だった。

 一人が倒れてから、十秒とかからず、全員が床に転がることになる。


 アンリは倒れた一人の腰から、スラリと短刀を抜いた。


 前に出ようとしたオレを、ボスが片手を上げて制してくる。

 アンリが短刀を構え、猛然もうぜんとボスに襲いかかる。


 電球の明かりでギラリと光る刃が、ボスの首に迫って——


 なのにボスは、身じろぎ一つしなかった。


「ボス!」


 オレは思わず叫んでいた。


 アンリが振るった刃が、薄皮一枚だけを裂いてピタリと止まる。

 オレは足の力が抜け、その場にペタリと尻もちをついた。


 心臓が早鐘を打つ。

 全身から冷や汗が噴き出してくる。


「……どうして、けないの?」

「君こそ、私をぐちゃぐちゃにするんじゃなかったのかい?」

「…………」


 首筋に刃物を当てられているボスの方が、なぜか優位な立場にいた。


(殺意がないことを、見抜いて……)


 でも、だからって、どんな胆力たんりょくをしていたら……。

 オレは改めて思う。


(この人は、やっぱり普通じゃない……)


 ボスは指先で、短刀をちょんちょんとつつく。


「ほら、あと少しだよ。ほんの数センチ刀を引くだけで、君は友達のかたきを取れるんだ。なにをそんなに躊躇ためらっているんだい?」

「…………」

「うふふ。君の友達のおかげで、楽しく刺激的な夜だったよ。たくさんの道具を使って攻め立ててね。最初は大きな声で叫ぶんだけど、最後は声を上げる力もなかったみたいで。でもその吐息のような声にならない叫びも、それはそれで乙でね。君ももう少し早くくればよかったのに。そしたら一緒に——」


 アンリが短刀を振り抜く。

 その一撃を、ボスは難なくけた。

 数本の髪だけが、ハラハラと舞う。


「はっはっは、いいぞ! 本気でかかってこい、アンリエッタ!」

「私を……」


 アンリは歯を剥いて叫ぶ。


「私をその名で呼ぶなぁ!」


 ……そこにキレるんだ。

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