第34話 やばい方のやばさ

(あのアンリが、UDと揉めたりしたら……)


 最悪の事態を想像して、私はブルリと震えた。


 ミボランテの時は、私も協力した。

 ギルドメンバーの現在地を特定したり、防犯カメラや警報装置の作動を遠隔で切ったり、ゼファーの後ろに乗っけて支部まで送り届けたり。


 お兄さんをコケにされたアンリのブチギレ方は凄まじかった。


 ——このまま放っておいたら、大惨事になる。


 それは火を見るよりも明らかだった。

 だからできるだけ穏便おんびんに済むように、誘導する必要があったのだ。

 ミボランテは完膚かんぷなきまでに叩き潰された。

 でも……。


(……あれでも被害は少なかったんだ)


 でも今回は、そうはいかない。

 アンリの手綱たづなを握らなきゃいけないこの私が、この有様なのだ。


「……ギン、お願い。ギンは知らないかもしれないけど、アンリは……」

「強いんだろ? それも相当な」


 ギンの言葉に、私はぽかんとする。


「……どうして、知ってるの?」

「どうしてもなにも、見ればわかるだろ」

「…………」


 きっと強者にだけ通じるものがあるのだろう。

 そもそもSランクの冒険者やUDの拠点に、全くビビらない女子高生が普通なわけもない。

 私だって、アンリが一緒だったから、あんな大胆な行動が取れたのだ。


(あ、だから……)


 ギンはお兄さんの匂いに釣られて、私にベタベタだった。

 それなのに、アンリからは常に一定の距離を取っていた。


(あれは、アンリの強さを察していたから……)


「それにアンリは、ジローの筋肉の良さを理解していたからな。間違いなくできる」


 ギンは「うんうん」と一人で頷き、なにやら納得している。


「それはちょっとよくわからないけど……」


 問題は、アンリの強さを知った上で私をさらったということだ。

 ならその点は、交渉材料になり得ない。

 でも……。


「……やっぱり、ギンはなにもわかってないよ」

「どういう意味だ?」

「アンリはね、強いだけじゃなくて、やばいの」

「ん? やばいくらい強いってことか?」

「そうじゃなくて」

「言いたいことが、よくわからないんだけど」

「だから〜っ」


 伝わらなくてイライラする。


「アンリは強い上にやばいの! ギンが考えてるのとは、また別ベクトルのやばさなの!」

「……そうなのか? よくわかんないけど……なんか怖いな、それは」

「そうなの! だから、今すぐ私を解放して!」

「それは無理だって言ってるだろ」

「なんでよ……」

「それはな」


 ギンの声が低くなる。


「こっちにも、やばい人がいるからだ」

「あらあら、やばい人だなんて」


 首筋を撫でられるような、そんな妖艶ようえんな声が割り込んできた。

 ギンの背筋が伸びる。


「帰ってたんですね、ボス……」

「ああ、今さっきね。それにしても、やばい人か」


 女性はくすくすと笑う。


「言われてるよ、キャス」

「どう考えてもテメェのことだろうが」


 さらに後ろから、金髪の小柄な女性が現れる。


「いや、キャスパーのことであってる」

「おいギン! 都合の悪いこと聞かれたからって、悪口の対象を都合よく変えんな!」


 背伸びするように怒鳴るさまは、子猫のようだ。

 私より一回り近く年上だけど、あいらしさすら感じる。


(キャスパー博士……)


 ダンジョンマニアの私にとっては、彼女は特別な存在だった。

 それなのに、目が行くのはやはり——


 存在感が違った。

 ギンもキャスパー博士も、相当な美人だ。

 それでも彼女と並ぶとかすんでしまう。

 それほどまでに、彼女は美しかった。


 顔の造形の話だけではない。

 一つ一つの所作や声の抑揚よくようまで、全てが完成されている。


 いや、それだけじゃない……。


(なんなの、この人……)


 私はごく平凡な人間だ。

 少なくとも、戦闘面に関しては。

 私にはギンのように、一目見ただけで相手の強さを識別しきべつする能力なんてない。

 そのはずなのに……。


(この人は本物だ……お兄さんと同じ……)


 そう思わせるだけの迫力が、彼女にはあった。


 アマンダ・D・ホプキンス。


 人類最強の一角。

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