第30話 逆鱗

 私は体を揺する。

 後ろ手に縛られた腕は、びくともしなかった。


「暴れるな。春奈の腕力じゃ、無駄に体力を使うだけだ」


 戸口に立ったギンが、そうたしなめてくる。


「痛いのよ。お願い、ゆるめるだけでいい。もう手首から先の感覚がなくて……」

「そんな駆け引きには乗らない。オレが縛ったんだ。痛みなんてないはずだ」

「…………」


 ギンの言う通りだった。

 びくともしないのに、痛みどころか縛られている感覚すらほとんどなかった。


「……人を拘束こうそくするのに慣れてるのね」

「オレたちには敵が多いからな」

「私も敵なの? 友達だと思ってたのに」


 ギンが目をそらせる。


「……先に嘘をついたのはそっちだろ」

「え?」

「なにがジローの香水だ」

「うっ」


 そこに触れられると、返す言葉がなかった。


(あれは私じゃなくて、アンリが……)


 否定しなかった私も同罪だけど。


「あの時はまだ、ギンの人となりも、目的もわからなかったから……」

「…………」

「でも話を聞いてからは、私もアンリも、お兄さんと——ジローと会わせてあげようって思ってたんだよ。これは嘘じゃない。だからケーキを一緒に食べようって誘ったんだし」


 あのタイミングで家に来ても、とっくにお兄さんはダンジョンキャンプに行ってしまっていたけれど。

 それでもいつか……そう思っていたのは本心だ。


「これがギンの意思じゃないことはわかってる。だから……」

「だからこそだ」

「え?」

「オレの意思じゃないからこそ、春奈を逃すわけにはいかないんだ」

「……」


 ギンの口調はからは、確固としたものが感じ取れた。


「……だったらせめて連絡させて」

「助けを呼ぶのか? 警察に連絡しても無駄だぞ」

「違う。逆よ」

「逆?」

「私は平気だからって、そう連絡するの」


 ギンが眉根を寄せた。


「誰に?」

「アンリに決まってるでしょ」


 この部屋には時計も窓もない。

 だから時間が全くわからないけれど、とっくに夜になっているのは間違いない。


 アンリは学校から帰ってきて、今頃戸惑っているだろう。

 私の姿がどこにもなく、しかも連絡一つないのだから。

 今朝のことがあるから、私の身にトラブルがあったのだと、アンリならすぐに察する。


(まずいまずいまずい……)


 アンリには逆鱗が二つある。

 一つがお兄さんで、もう一つが——この私だ。


(このままじゃ、戦争になる……)


 今ならまだ間に合う。

 お互いにとって最悪の事態を避けることが——



 ―――――――

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