第3話

 翌日──。

 放課後に美咲は街へと出た。

 夕方のハンバーガーショップはいつも学生で込み合っている。

 家に帰れば夕飯が待っていると言うのに、それまで待てずに小腹を満たす男子生徒や、友達とのお喋りの場として使う女子生徒で溢れかえっているのだ。

 そんな中に、イイトコのお坊ちゃん、お嬢ちゃん学校の制服を着た学生がいる。

 店の一番奥を陣取りながらも、美咲は周囲の視線を集めていた。

 おまけに人相の悪い男と一緒だ。余計に目立つ。

「ねえ、オジサン」

 美咲はポテトをつまむと、向かいに腰掛ける男に声を掛けた。

 男は肘をついた手に顎を預けたまま、じろりと美咲を睨むと、片手でペーパーナプキンをくしゃりと丸め、美咲に投げつける。

 それは美咲の額にヒットした。

「誰がオジサンだ」

 男はそう言うと、不機嫌を顔に張り付けたまま、コーヒーを啜る。

 凶悪な顔つき故に、傍目に見ると、その筋の男と女子高生に見えるだろうが、男はこう見えて警視庁の刑事である。

 もう半年ほど前になるだろうか。

 街中で喧嘩騒ぎが起こり、その中に後先考えず突っ込んだ美咲を助け、その場を治めたのが彼、高瀬文孝だった。

 以来、何かと理由を付けては高瀬に纏わりついているが、高瀬もなんだかんだと付き合ってくれている。

「だって高瀬さん、フツーにオジサンじゃん」

 言いながらポテトに手を伸ばす。

 しかしその手は高瀬にぺちんと叩かれた。

「俺はまだ35だ。んな事言うヤツに俺のポテトを食う資格はない」

「ちょっと! アタシのクーポンで買ったポテトだよ?」

「払ったのは俺だ!」

「たかだか290円でしょ!」

「たかだかとはなんだ、たかだかとは!」

 他人から見れば軽く喧嘩に見えるだろうが、美咲は高瀬とのこういうやり取りが好きだった。

 なんだか自分が特別親しいような、近しいような場所にいる気がする。

 それに、高瀬は直ぐにヒートアップするからからかい甲斐があった。

「そ~んなこと言っちゃって」

 美咲はにやりと笑うと、さも特別な話ですよと言わんばかりに声を落とした。

「アタシの話を聞いたら、もっとお小遣いあげたくなるよ?」

「誰がお前の話に金なんか──」

「ラブドラッグの売人の情報でも?」

 途端、高瀬が真顔になった。そして次第に怪訝な表情を浮かべ、じっと美咲を見つめる。

「まさかお前……、やってんのか」

「まさか!」

「だったら関わるな。ロクなことにならん。今日俺を呼んだのがその話なら、もう帰るぞ」

 そう言うと高瀬はポテトを美咲の方へ押しやり立ち上がった。

「ちょっと! 手柄になるでしょ! アタシは──」

「ナメてんのか」

 スッと、いきなり足元に出来た穴に落ちるような感覚だった。

 美咲を見下ろす高瀬は、これまで見たこともないほど冷え切っている。

「大人をおちょくるのも大概しろ」

「アタシがウソ言ってるっての?」

「そうじゃない」

 高瀬は美咲に背を向けると吐き捨てるように言った。

「──調子に乗るなっつってんだ」

 高瀬はそう言うと店を出て行った。

 先ほどまでの楽しい気分は何だったんだろう。

 ハンバーガショップに一人残された美咲は、まるで世界中にたったひとりの、唯一無二の存在を失ってしまったような不安と孤独で、急激に喉が締め付けられるような息苦しさを感じた。

 テーブルに残ったポテトも、今やゴミ屑と何ら変わりなかった。

 トレーを取り、ダストボックスに敷き紙ごと投げ込む。

 周囲の学生たちが自分の事を見ている事も、どうでも良かった。

 泣き顔を晒したまま店を出た。

 スマホを握り、ラインアプリを開く。

 優希のアカウントにメッセージを送った。



 ──あの売人の連絡先教えて。

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