トリちゃんと一緒
そうして、この山での生活に新しくヒヨコの世話が加わった。とはいえ一つのきのみを1日かけて少しずつ与えるだけで、まだまだ卵を生むまではほとんどただのペットだ。それでもキョロキョロしながらケージ内を歩き回る姿はかわいらしく癒される。
特にレノミアとアイハはその姿にメロメロだ。まだピヨともあまり鳴かないヨチヨチ歩きだが、その姿が母性をくすぐるのかたまらないようだ。
「しかしこのケージだと、大きくなった時に狭苦しいな」
「その辺に放しておいていいんじゃない?敷地が決まってるわけじゃないし」
「それだと逃げてしまうんじゃ…」
それならと、鶏を放牧するための柵を簾の要領で作ることに。倫太郎はそのための素材を探しに行くと言い、アイハは洗濯に行ってくれたので、レノミアはヒヨコの世話及び広い畑への水やりを少しずつ楽しんでいた。
レノミアもそうだが、ヒヨコに一番心惹かれたのはアイハだった。時々ケージから出して散歩させたり撫でたりして、ヒヨコもアイハに触られる時は大人しくしているようだ。
倫太郎が戻ってくると3人で放牧用の簾作りの続きを手伝いつつ、のんびり会話して過ごす。
「名前つけようかと思って。どういうのがいいかな」
「名前…つけたら愛着が…、ああいや」
倫太郎は言いかけた言葉を飲み込む。あと500日近く生きるだろうこのヒヨコは、ラビューナの寿命の2000日、つまり、すでに1500日以上生きているここにいる2人よりも長く生きる計算になるのだから、死んだ時に寂しいからとかは関係のない話だ。
「なんでもいい、好きなのにしたらいい」
「なんでしょう…アイハさんはどうですか?」
「どうしよう!ピヨちゃん…でも大きくなったらニワトリでしょう?ニワ…トリちゃん?」
「トリちゃん…?」
そうしてヒヨコの名前はトリちゃんになった。
***
生活開始から30日。倫太郎は今日も他の作業を二人に頼んでからいつもの研究員面談にやってきた。管理所に電話で研究員を呼び出し、簡易テーブルを挟み、前回と同じ研究員と向かい合って座る。
「どうだい調子は。ニワトリを飼い始めたんだっけ」
「はい、まだ二日だけど、2人は気に入ってるみたいでよかったです」
「ラビューナよりも育つのに時間がかかるって思うと複雑だけどねえ」
田村という研究員はまだ、理解があるなと感じる。そうですよね、と倫太郎はやや表情を曇らせた。
「そうだ。最近はいろんなものを食べようとしてるんだったね。研究所の方でも面白いってなってさ、試しに…ああいや、厚意で!こんなものを渡してみろって…ええと…」
とはいえ彼も研究所の一員。結局はこちらのことは実験台としか思っていないわけだ。倫太郎は苦笑で感情を誤魔化して、差し出されたレジ袋を受け取る。中身はペットボトルのコーヒーとカップラーメンだ。倫太郎もあまり食べた経験がない、色々なものを食べさせる試験とはいえ極端ではないだろうか、とモヤモヤするところではあるが、食糧には変わりない。ありがたくいただくこととした。
その後少し話をしてから戻ると、水やり作業を終えたアイハと縫い物をしているレノミアがヒヨコを囲んで囲んで談笑していた。ヒヨコはアイハの手の中におり、おとなしく撫でられている。
「あ、おかえり〜倫太郎」
「もうすっかり慣れたな、ヒヨコ…」
「トリちゃん! でしょ! 覚えてよね〜」
そしてもらってきたカップ麺は、食べてみたいと言うアイハと分けて食べることにした。一方コーヒーは二人とも飲まないというので、倫太郎が少しずつ飲むことにして洞窟の中で保管することとした。
「カップ麺…食べたことはないのか?」
「うん、初めて! だけど美味しいね」
ジャンクフードは遠慮すると言ったレノミアも、はしゃぐアイハを見てくすくすと愉快そうに笑っていた。
***
その翌日のこと。この日は収穫の日。5日サイクルのうち三日を農作業に充てるのはそれなりに大変だが、暇で仕方なくなることはない。収穫作業、植え付け、水やり、洗濯、ヒヨコの世話…とやっていればもう昼過ぎだ。
アイハが釣りに行きたいというのでついていき、ニワトリサークル用の簾の材料を集めて先に帰ると、レノミアは今日も服の修繕に勤しんでいた。
「倫太郎さん。アイハさんは?」
「ああ、まだ釣りをするって言うから先に…なんだ?」
するとレノミアは遠慮がちに目を泳がせてから、一歩倫太郎に近づく。
「その。…私の体調も随分安定しましたし…、アイハさんもそろそろ、と、思うのですが」
要するに、そろそろ彼女を妊娠させてはどうかという話だった。実際もうこの生活も一ヶ月。田村にも言われたことだが、寿命の短い彼女たちに少しでも長く本来の役割という幸せを与えるべきかもしれない。そしてヒヨコが大きくなり世話が大変にならないうちに任せる形にすれば良いと考え、倫太郎は覚悟を決めて川へと戻る。
「あ、倫太郎〜。全然釣れないよ、今日」
釣り糸を垂らして暇そうに見つめていたアイハが顔を上げる。倫太郎の表情を見るときょとんと瞬いて。
「どうかした? なんか怒って…んむっ」
いざ、となるとどうしても緊張するものだ。倫太郎は彼女の隣にしゃがみ込むといきなり唇を奪った。
「ちょっと、急に…」
「アイハ」
竿を回収すると顔を見つめて。彼女が眉を下げ、静かに頷いたのを同意とみなし、2人はそのままそこで『任務』に挑むことになる。
種撒く者と世界の夕べ 〜ハーレム村でのスローライフはこの国を救いますか?〜 荘田ぺか @shodapeka42
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