異世界デバッガのベリーイージー冒険譚

イ尹口欠

サトコ

01

 デバッグツールを起動して、一覧表にあるバグの再現を行います。

 今回のバグは画面上にエルフ・トライバルソルジャーが2体以上いる場合に「仲間を呼ばれる」ことが引き金となり、ゲームがフリーズするというもの。

 恐らくはエルフ・トライバルソルジャーの「仲間を呼ぶ」行動自体か、もしくは複数体存在することで何らかの処理の不具合が生じたか……いえ、原因の究明はひとまず現象を再現してからでいいでしょう。


 ツールでエルフ・トライバルソルジャーを2体、目の前に配置します。

 顔や腕に大きな入れ墨の入ったエルフはいわゆる細マッチョで、槍を手にしています。

 すぐにこちらに気づいた2体のエネミーは槍を構えて襲いかかってきます。

 私はその槍がピシピシと当たるのを無視して、「仲間を呼ぶ」行動をとるのを待ちます。


 デバッグツールは任意のオブジェクトの生成以外にも、プレイヤーのダメージ無効やステータス異常無効などのオプションもあります。

 今回は真面目に戦う必要はありません。

 倒すわけにもいきませんしね?


 しばし待つこと20秒ほど。

 防御姿勢もとらず反撃もしなかったのが悪かったのか、なかなか「仲間を呼ぶ」してくれませんでしたが、ようやくその時が来ました。


 フリーズ、しますね。


 ゲームが完全に停止しました。

 私はデバッグツールで眼前のエルフ・トライバルソルジャーを2体とも消して、3体目に呼ばれた空白のオブジェクトを消去します。


 再現性のあるバグです。

 原因はどうやらこの空白のオブジェクトにありそうですね。

 本来ならば3体目のエルフ・トライバルソルジャーが呼び出されるところを、上手く呼び出せずに処理が中断してしまうのが原因なように思えます。


 バグの様子が分かったため、一旦、ゲームから出てワーキングスペースに戻ります。

 VRオフィスは快適な椅子と机、コンソールが用意されており、他のメンバーが来訪した際に使う応接セットや会議テーブルなども用意されています。

 基本的にはひとりで集中して作業ができる環境ですね。

 報告事や仕事の結果は共有サーバーにアップすればいいわけですから、1日の勤務中に同僚と一言も会話を交わさずに終業時間を迎えることも珍しくありません。


 同僚や上司とのコミュニケーションはない方が仕事が捗るということは間違いありませんね。


 さて、問題の「仲間を呼ぶ」行動についてですが、呼び出される仲間の参照先が間違っていました。

 初歩的なミスですね。

 作成時に仮の数字を置いたのか、それとも後になってエルフ・トライバルソルジャーのIDが移動したのかは調べなければ分かりませんが、コードの修正だけならすぐに終わります。


 私は該当箇所のリポジトリを遡って調べて、コードに変更がないことを確認。

 エネミーIDの変更履歴も調べて、どうやら最初から参照先のIDが間違っていたという結論を得ます。


 ……いや、ちょっと待ってください。


 エルフ・トライバルソルジャーが1体のときは「仲間を呼ぶ」をしないので問題ないのですが、3体以上のときも同様のバグが起こりうるはずです。

 念のために3体のエルフ・トライバルソルジャーを用意してバグが起きることだけ確かめて、コードの修正に移りましょう。


 私はデバッグツールを起動してゲームにログインします。

 いえ、しようとしました。


 あれ、挙動が変ですね。


《ゲームにログインします》


 文字はいつまでたっても消えず、ゲームに入ることができません。

 何かサーバーに変更が加えられている最中でしょうか。

 同僚たちのタスク管理シートを呼び出そうとして、アバターがフリーズしていることに気づきます。


 ……はあ、面倒くさい。


 稀にあることで、最初にこうなった時はどうすればいいのか分からずに途方に暮れたものでしたが、今は対処法を知っています。

 アバターがフリーズしていても、発声を『ギア』が拾うことができるため、音声認識によるメニューの呼び出しと操作でVRスペースから一旦、ログアウトすればいいのです。


 しかし怪現象は続きます。

 何やら足元に魔法陣のようなものが輝きながら現れ、私を中心に回転しながら広がっていくではありませんか。


 ……あ、もしかしてログイン処理に変更でもあったんでしょうか。


 その魔法陣のエフェクトは美しく、思わずログアウトの手を止めて見入ってしまいました。

 このときすぐにログアウトしていれば、この後の人生は大きく変わっていたに違いありません。


 結論から言えば、私はこの魔法陣によって地球のある宇宙とは異なる次元に存在する異世界に召喚されたのでした。


 ◆


 本作は数年前に小説家になろうにて連載され完結した小説です。

 しかしながら最近になって再読したところ、続きを書きたくなったため新章を追加してカクヨムの方でも掲載することとなりました。

 完結済みの部分に関しては、初日にプロローグ3話、以降は毎日2話ずつ更新していきます。

 新章に入ったら毎日1話更新になります。

 どうかお付き合いくださると嬉しいです。

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