第16話 おんなじってことでしょう?
新品の木製ベッドの上で目覚めると、美しく可憐な少女――スレアラインが両手で壁を押して身体を震わせていた。それを見守るようにして、まだ幼さのある狼少女――ガゥリールが二本足でしっかりと立って見守っている。
「ふぬぬぬぬぬッ!」
「スレア! ガンバレ!」
……だいぶ立てるようになったな。スレアのやつ。
スレアラインはガゥリールが立てると知るやいなや、早々に四足歩行から二足歩行への移行に向けて、文字通り立ち上がった。実際、ガゥリールがいなかった頃よりもスレアの成長スピードが上がっている気がする。
『ガゥちゃん』と呼んで可愛がっている一方で、ライバル意識もあるらしい。まったく、大人げないスライムだ。
それにしても、賑やかになったよな。そう思って、部屋の隅っこで短剣を研いでいるゴブリンの方を見た。
「なんだ人間、見世物ではないぞ」
「見えるとこにいるのが悪い。というか、ここは俺の家だ」
「……このぼろ小屋が? ……家だと?」
「わざとらしく迫真顔してんじゃねー。もう三度目だこのくだり」
結局、倒れているところを助けたゴブリンは俺の家に住みつくようになったわけだが……いまだに俺のことを
『……このぼろ小屋が? ……家だと?』
『悪かったな、ぼろ小屋で』
……思い返せば、最初に俺の家を見た時となんら反応が変わらないな。
でもまあ、こんな無礼な奴にも使い道はある。頼んでもいないのに細かい家具を作ったり、俺のベッドを作ったりするから仕方なく住まわせてやってる。仕方なくだ。決して同情とかそういうのではない。
それはそうだろ。自分を殺そうとした奴を同情で助けるわけがない。
『私の故郷は、人間に侵略された。築き上げてきたものが壊され、多くの仲間も殺された。生き残った者も散り散りになってしまった。だから私は人間を許さない』
……人間同士だって争う世界だ。ましてや、人間と魔物の殺し合いなんて日常茶飯事で、その現実に何か心を動かす必要なんてない。
……ないんだっての。
「ルクスノバカ!」唐突にガゥリールが叫んだ。「スレアが立った!」
まじか……! スレアの方に振り向くと、生まれたての小鹿のように全身を震わせるスレアがそこにはいた。
そして、一歩、踏み出した。
「スレア!!!」
「ルクス!!!」
狭い部屋の中を思わず走り、俺はスレアの正面に立つ。
「よくやったな! スレア!」
「ふふ……もっとほめて……?」
スレアは行き場のない両手を俺の方に伸ばしていた。俺は掴まりやすいように身体の位置を変え、身を差し出す。
「最初にお前が棒立ちしているのを見て以来だな。お前が立ってんのを見るの」
「あの時はただのお人形みたいな身体だったの。一緒にしないで」
「あはは。そうかよ」
「ねえ、ちょっと歩いてみたいわ。いいでしょ?」
「ああ」
小屋の外に出ようとすると、ガゥリールもついて来ようとした。するとゴブリンがガゥリールに声をかける。
「狼娘……狩りに行くぞ」
「ガゥ?」
最近、ガゥリールは道具を使う狩りを覚えた。ゴブリンの奴は元々狩りが得意だったようで、俺抜きで狩りをしに行くこともある。
ガゥリールは首をかしげながらも、身支度を始めた。
そんな二人の様子を見て、スレアが微笑む。
「ね、ルクス」
「なにが『ね』だよ」
「助けてよかったでしょ」
「……さあな」
「アタシが立った時は素直に褒めてくれたくせに」
「それは別だ」
スレアと二人で歩くのが、ずいぶんと久しぶりのことに思えた。最初はただ独りになろうとして人間の世界から離れたのに、今こうして自分以外の存在と歩いている。しかも、そいつはスライムなんだ。
……おかしな話だよな。
「ねえ、ルクスは人間の世界に戻りたい?」
スレアが、俺が知っている大多数の人間よりも人間らしい顔で言った。俺は、小さくため息をつく。
「急になんだ。何が言いたい?」
「急じゃないわよ。だってルクス、最近ずっと悩んでるじゃない。ゴブリンのあの子を助けてから」
「……」
「アタシ思った。世界って案外単純じゃないのね。魔物と人間で敵味方が決まるわけじゃない。それとおんなじように、ルクスも単純じゃない。脳筋だけど」
「誰が脳筋だ」
スレアの言うことは、実際図星だった。俺は悩んでいる。だが、その悩みというのが漠然としていた。なんとなく、このままだと戻れなくなりそうという、予感だけがあった。
「スレア」
「なに」
「俺の悩みを聞いてくれるか」
「聞くに決まってるじゃない。いつだって」
スレアは空よりも青い瞳を瞬かせる。いったいどんな奇跡が起これば、こんなスライムが生まれるんだろうな。
「分からないんだよ。俺はこれまで、それなりに人間と関わってきた。そもそも、人間だからな。だけど、俺は人間の世界で生きて、裏切られ続けて、最後に仲間だと思えた奴らからも見放された」
「うん」
「それでこんな魔物の巣窟みたいな魔界に来て、スレアみたいな変なスライムと出会った。それで、お前を助けて、ガゥリールを助けて……ついにはまさしく人間の敵代表みたいなゴブリンまで助けちまった」
「そうね。アタシは変じゃないけど」
「最近になって、人間とかスライムとかどうでもいいって気持ちになってきたんだ。それもおかしな話なんだが、ゴブリンのあいつを助けてから……また少し、分からなくなってきた」
「ルクスは、分からなくて不安なの?」
「不安……どうだろうな。不安だとして、何が不安なのかもよく分からないんだよ。ずっとこう……もやもやするんだ」
「そっか」
スレアは俺につかまっていた手を離し、なんとか自分の足で俺の正面に立った。
宝石のような髪と白いドレスが風に揺れると、そのまま倒れてしまわないかと不安になったが、スレアはしっかりと地面をその足で掴んでいる。
「ルクスはまだ、人間に期待してるのね」
期待……その言葉が、すとんと自分の中のどこかに落ちるような気がした。
だが分からないのは、どうしてスレアが微笑んでいるのかということだ。
「スレアは、嫌じゃないのか。俺がまだ人間に期待しているとしたら」
「どうして?」
「どうしてって……そりゃ、俺が今だに人間とかスライムの違いにこだわってるみたいだろ」
「それは違うわよ。ぜんぜん違う……アタシ、ルクスが人間に期待してくれているんだとしたら、とっても嬉しいわ」
「……なんで」
「なんでって、それってアタシと同じってことでしょ? アタシも他のスライムと繋がりたかった。ルクスも他の人間と繋がりたかった――」
――つまり、ルクスとアタシがおんなじってことでしょう? そう言って、スレアはおかしそうに笑うのだった。
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