第23話
譜面立てに楽譜を置き、該当のページを開く。私は曲順が分からなくならないように、そのまま曲順に並べてあるから分かりやすい。このページを捲ると、コンクール曲、スネアの楽譜が出てくる。
先生が構えて、みんなも構える。私は、最初は出番が無いから姿勢を正して立っていた。というかこの曲は結構出番が無い。たまに出番が来ると嬉しくなっちゃうくらい暇。ちらりと裕子ちゃんを見ると、彼女は楽しそうに、懸命にドラムを叩いていた。頑張れって言いたいけど、言えないからせめてその横顔を見つめ続けた。体が全くブレない。私は結構動いちゃう派。本当に、私とみんなじゃプレイスタイルが違うっていうか。まぁ吹奏楽部の中では私が少数派なのは分かってる。
出番がやっと増えてきた。と言っても難しいことは何もない。みんなの音を聞いて、適切なタイミングでティンってやる。それだけ。たまにダラララってやったりもするけど。
そして、あっけなく曲が終わる。音の余韻をみんなに合わせて切ってやると、アナウンスが入ってきた。
「次は今年のコンクールで演奏された曲です。彼女達の夏はこの曲と共にありました」
私の夏はそれだけじゃなかったけどね。琴子達と音を合わせて、ドラムの動画を作ったりした。心の中で勝手に補足して、スネアへと向かう。
先輩は小物の前に立っていて、私にスティックを渡した。滝先生は目を見開いたが、下ろしていた手を上げて、タクトをピタリと止めた。信じられないものを見るような目だけど、信じられないものを見たがっているようにも見えた。
しんとしたホール、私達はもちろん、観客の心まで一つになっている気がした。なんてマナーのいい人達なんだろう。彼らは私達に、集中して演奏を始める機会をプレゼントしてくれた。
じゃあ私達もお返しをしなきゃいけない。お金を払って見に来てくれた人達に。できれば、音楽にブン殴られる機会をプレゼントしたい。
みんなが、色んな想いを乗せて音を出す。これくらいのをコンクールの時に出来てたら次の大会進めたんじゃないのー? って茶化したくなるくらい、みんながそれぞれに与えられた役割を全うして、さらにちょっとオマケして音に乗せてる。
だけど私も負けてない。体感で分かる、今日の私を止められる人なんて、きっといない。それくらいに自分の感覚が研ぎ澄まされている感じがする。
ふいに、ティンパニーを叩いていたパートリーダーと目が合った。「え!?」って顔をしてる、ちょっと面白い。人ってあんなキレイな二度見するんだ。
第一楽章が終わる。振り向きたくて堪らなかったって様子で、えのっさんと深川がこっちを見る。二人の視線に釣られて見た人、えのっさん達より先に異変に気付いていたであろう人の視線が増えていく。小さな声で、「えっ……!?」って聞こえた。そりゃ驚きだろう。こんな騙し討ち、普通はない。あんな、大勢の前で堂々とクビになったんだから、「どの面下げてそこでスティック握ってんだ」って思われてるかも。
「ははっ……」
この面だ、よく見とけ。
タクトを睨みつける、準備はいつでも出来ていた。
「……っ!」
第二楽章が始まる。ドラムロール、管楽器とユニゾンしながらクレッシェンド。からの、スネアのソロ。ホールには自分の出した音だけが響いて、ここにいる百人以上の人達が私の音だけを聴いている。一瞬で終わる永遠を刻め。誰だっていい、いつだっていい、ここでこんな演奏を聴いたってこと、いつか思い出せ。私は一生忘れないから。
自分が叩く一打一打が、感じる一拍一拍が、全てドンピシャにマッチしてるって分かる。音が、指揮が、指から伝わる感覚が、私を肯定してくれているんだ。私は、ずっと、ずっと、高校の舞台でこんな瞬間を味わいたかった。
スネアのソロはすぐ終わる。後は任せろと言わんばかりに金管が入ってきた。森田先輩のスレイベルも絶好調だ。
ラストに向けて盛り上がり続ける。終わらない演奏なんてない。この後まだ数曲、アンコールも入れたらかなりの曲数が残ってるのに。みんな、全力を出し切るような演奏だった。
***
「めちゃめちゃ最高だ」
「ですね」
「この感動を表現する為にキスをしようと思うんだけど、どう思う?」
「逆に訊くけどいいって言うと思います?」
アンコールも終わって、お客さんへの挨拶も終わって、後片付けも終えて。もう本当に終わりって時に、私と森田先輩は二階の窓から外を眺めていた。風が冷たい。秋も深まって、冬になって、春が来て。これから私達は後輩を背負って三年になる。
「先輩。最高でした。一生ついていきます」
「一生ついてこられるのは困るんだけど……」
振り向くと、そこには裕子ちゃんと雛菊がいた。普段は綺麗な仏頂面を崩さない雛菊が、今は微笑んでいた。
「遠慮しなくていい。三日に一度は食事を与えるし」
「それ監禁されてるよね!?」
雛菊、怖い。一番、怖い。
四人で談笑していると、足音が近付いてくるのが分かった。振り返ると、女子三人がすごい顔でこちらに向かっていた。裕子ちゃんは少したじろぐ。それも仕方ないだろう。面子が部長、副部長、パーカッションのパートリーダーなんだから。
「おいおい、なんだよおっかねー顔して」
「森田、お前の計画か!」
「そうだけど、なんか文句ある?」
「おまっ……!」
さすがと言うべきか、森田先輩は全然動じていない。本当に、なんでこんな自由で破天荒なのに、団体競技に合計六年も身を置いて来たんだろう、この人。まぁ、あの演奏スタイルを見るに、喧嘩が好きなんじゃなくて、究極にマイペースな性格ってことなんだろうけど。
「なぁ。こいつの演奏、どうだった」
「それは……」
「……いい。部長の私から言う」
言葉に詰まったパートリーダーを静止して、部長が一歩前に出る。改まった様子を見て、森田先輩は鼻で笑って言った。
「もう引退じゃん? あたしら」
「そうだね。だからこれは最後のお説教」
お前は黙ってろ、そう言うように、部長は森田先輩の肩をぐっと掴んで退かしてしまった。
「もうあんなことをするのは止めて。びっくりして動揺で失敗する子が出るかもだし」
「はい。実は私もちょっと思ってました。すみません」
「あと、これは私からじゃなくて……私達三年、全員からなんだけど」
「はい……」
何を言われるんだろう。かなり含みのある言い方だ。強制退部になってもおかしくないレベルのことをやったと思う。覚悟を決めながら言葉を待つ。突然、爆発したような声で、部長は叫んだ。
「あんな演奏出来るなら最初からやれー!!」
そして、私は三人にもみくちゃにされた。肩を揺さぶられたり、がっしり肩を抱かれて「カッコつけてんじゃねーぞ」って頭をグリグリされたり。しばらくすると気が済んだのか、三人の先輩達はいなくなった。私は服装と息を整えながらため息をつく。
「ははは! あたしらは頼もしい後輩がいて幸せだ。これはマジ。あいつらはパートの入れ替えじゃなくて、お前の実力を黙ってたあたしと、お前の実力に気付けなかった自分にムカついてんだ」
「とばっちりだなんて。いい迷惑ね、なつき」
「そうですね、先輩が可哀想です」
「まぁ、お咎めなしならなんでもいいよ、もう」
最後まで締まらない感じで定期演奏会の夜を過ごす。私達らしいと言えば私達らしい。
そろそろみんなで楽屋に集合する時間だ。これから引退する先輩達にお花を渡すことになっている。泣きたくないけど、森田先輩が引退することを実感したら……。
「はぁ……」
余談だけど、私はこの日、人生で一番泣いたんじゃないかってくらい泣いた。先輩が離れてしまうこともそりゃ寂しかったけど、私には分かるんだ。森田先輩は、これ以上音楽を続けないって。私の大好きな人が、大好きなものを簡単に手放そうとしている。子供みたいで恥ずかしいけど、その事実が一番堪えた。
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