第12話 9歳_3

 国王陛下と本物のルードクロヴェリア公爵令息が幼馴染でマブダチだったという衝撃的な事実を聞いて、私は失神しそうになっていた。


 お父様は本物と入れ替わったときに一通りの交友関係を把握しているはずだ。


 つまり国王陛下の過去も記憶も弄っているわけで……悪魔の大胆さに呆れと冷や汗が止まらない。




 サディ殿下には申し訳ないけれど、今日は早めにお帰りいただこう。監査役を丁重にもてなせという命令は、プルンを一緒に食べたことでミッションコンプリートにしてほしい。




 それにあまり長居されると、うちのやましいところが見つかってしまうかもしれないじゃない! 悪魔が当主をしているんだから、うちが清廉潔白なわけがないだろう。


 ぶっちゃけ裏帳簿とか脱税くらいはしていてもおかしくないと思っている。彼らに違法行為だという認識もあるのか不明だ。


 でも正直脱税くらいなら可愛いものかもしれない。誰も傷ついていないのだから。




 もしも犯罪行為をしていても、お父様なら「バレなければなにをしても問題ない」とのたまうだろうし、異母兄のレイナートも「バレても消せばいいのですよ」と言いそうなのが怖い。


 そこでの「消す」って「記憶を消す」という意味だよね? と訊けたらいいけれど。私だって悪魔が怖いのだ。か弱い人間の少女わたしに何ができようか。




「ルーシェ、お腹いっぱいになったの? スプーンが止まってるようだけど」


「っ! あ、ええ、ちょっとだけ」




 いけない。考え事に夢中になって隣に座る監査役を放置してしまった。


 プルンはまだ半分ほど残っている。ちまちまと食べつつ、世間話で場を濁そう。




「ところで、お城から我が家までは馬車でどのくらいかかったの?」


「二時間ちょっとくらいかな。馬で駆けたらもっと早いけれど」




 まあ、馬車だと速度が落ちるのも仕方ない。でも馬車で二時間と少しで行けるなら、確かに日帰りでも問題ないのか。


 うちの公爵領って微妙な場所にあるのね……一日以上かかるならまだしも、その程度の時間しかかからないなら簡単に行き来ができてしまう。今度陛下までやってきたらどうしよう……それまでに我が家の悪事を洗いざらい把握しておかなくては。




「殿下、そろそろお帰りの時間です」




 私がプルンを食べ終わったのと同時に、サディ様の護衛が声をかけた。




「もう、ですか?」と確認しているが、夕方までに城に戻るなら護衛としても早めに帰りたいところだろう。




「まだルーシェとプルンしか食べてない」




 寂し気な表情が庇護欲を誘う。しゅんと項垂れる子犬のよう。


 可哀想だと思いつつ、私としてはここでお帰りいただきたい。屋敷の中に入られたら、あれよあれよとヤバいものが発掘されてしまうかも……!




「残念だけど、次はもっとゆっくり話せるといいわね」




 年下のくせにお姉さん風をなびかせてみた。精神年齢は私の方が上なので間違いではないが。


 サディ様は頷きながらも、自分の感情と葛藤してそうだ。




「あの、ルーシェ。さっきわがままを言ってもいいって言ったよね」


「え? あ、うん。そうね……?」




 ……嫌な予感がする。


 自分がしたいことを声に出したらいいとは言ったけれど、私がわがままを聞いてあげるとは言っていない。




「じゃあ、今日は泊ってってもいい?」


「殿下!」




 護衛の方が慌てだした。私も内心大慌てだ。


 サディ様はきゅるん、としたプリティ天使フェイスで私にねだる。


 そんな顔をされたら誰でも快く「もちろんだよ!」と言うしかなくない? もしや十一歳にして自分の武器を正しく理解してる!?




「ダメ? ルーシェ」


「え、ええと……我が家というよりは、サディ様の予定とか国王陛下の了承とかが必要では……」




 視線が泳ぎまくる。護衛の騎士は私に力強く頷いていた。もっと拒絶しろと言いたげだ。


 できるなら私も拒絶したい。我が家は悪魔の巣窟ですよ! なにをされるかわかったものじゃないだろう!




「明日の予定は大したものは入れていない。疲れが出るかもしれないからって、調整が効くものばかりだ」




 とはいえ、周りの人たちの予定もあるわけで、急な変更がされたら支障は出るだろう。




「ちなみに宿泊希望の理由はプルンをもっと召し上がりたいから? お土産で持たせることもできるか確認できるけど」




 うちの料理長の料理はめちゃくちゃおいしい。デザート以外のメインや前菜も絶品である。


 それも全部、当主が美食家だから。


 お母様は好き嫌いなくなんでもおいしいと言う人だけど、お父様の舌は繊細らしい。悪魔のくせに拘りが強い。いや、悪魔だからかも?




「プルンだけじゃなくて……その、もっとルーシェと話したいから……」




 サディ様の頬が徐々に赤くなってきた。うーん、可愛いって正義! だけど我が家に宿泊は却下である。


 万が一王子が泊まることになったら、悪魔から守るために片時も目を放さず一緒にいなければいけない。


 うっかり洗脳なんかされたら私の良心が痛むし、ずっと一緒って神経もゴリゴリに削られる。




 これは代替案で納得してもらうしかないな……取引先がごねたら別の案を提案して、双方が納得のいく落としどころを見つけるのも社会人の務めだ。


 


「それなら、今度は私がサディ様に会いにお城にまで行くわ。それでお城のおいしいデザートを食べさせてくれる?」




 キュッとサディ様の手を握った。


 決してセクハラではない。急なスキンシップで動揺を誘うためである。


 案の定、王子はびっくりしたようだ。視線を彷徨わせて頷いた。




「わ、わかった。ルーシェが会いに来てくれるなら……」


「ええ、楽しみにしてますわ」




 にっこり笑う。これも社交辞令だ。口約束はいつか都合がついたら……ということにして、しばらくうやむやにしてしまおう。


 やたらと護衛にお礼を言われた。彼らも大変な仕事をされている。


 サディ様には傷みにくい焼き菓子をお土産に持たせた。毒も薬も入っていないので安心してください。




 馬車に乗ったのを見送って一息ついた。特別ゲストの接待は予想外すぎて、ちょっと肩が凝ったな……。




「お疲れさまでした、お嬢様。殿下は宿泊希望だったそうですね」


「ええ、そうだけど無理でしょう。うちにはお父様がいるのよ?」




 同じ父を持つ者同士だ。悪魔の気まぐれにうっかり王子が巻き込まれたらただ事では済まない。


 レイナートも「賢明な判断ですね」と答えた。とりあえず危機から回避できてまずまずである。




「レイは……本物のフィン様と陛下が幼馴染で仲が良かったことも知ってたの?」


「ご学友のひとりとは思ってましたが、特別親しいかどうかまでは」




 まあ、そうだよね。レイナートだってなんでも把握しているわけではないだろう。




 とりあえず、早急にしておきたいことがある。


 私はお父様がひとりになった隙を見て、レイナートと一緒に彼を人気のないところへ連れて行った。




「なんだ、マルル」




 相変わらず感情が読めない顔をしている。クールな美形で隙がなくて、ぞくっとするほど美しい。


 怠惰を愛し退屈を嫌い、呼吸をするように享楽に耽る。きっとお母様を気に入っているのも一時の気まぐれなのだろう。


 そして私のことはただの観察対象。娘に愛情というものを抱いているかはさっぱりわからないが、別に私は父親の愛情を欲していない。


 だって上司から愛情がほしいなんて思わないでしょう? 感覚的には多分それに近いんだろう。




「お父様。今までずっと気になっていたけれど、きちんと確認したことがなかったのではっきり聞きます」




 鋭い眼差しに怯えそう。


 だけどここで怯んだら、きっと私は後悔する。




「本物のフィン様のお墓はどこですか?」

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