第2章 クラン加入

第13話 王都シエラムード

 王都シエラムードはソレミアの中央からやや西に位置し、人口三十万人を越えるソレミア最大の都市である。高い城壁に囲まれた街の東西南北を主要な街道が走り、王立アカデミーの調査によると一日約四万人もの旅行者がこの大都市を通過していくのだという。二百年前の都市の成立以来、そうやって様々な多様な文化や技術を取り込みながら今日までシエラムードは発展を遂げてきたのである。


 数日間の旅を経てようやくティムはシエラムードにたどり着いた。正面の門からは大荷物を積載した荷車を引きながら大きな幌馬車が出てくる。その真横を他国からの留学生らしき魔術師達や旅行で訪れた家族連れが通って門の中へと入っていく。


 人混みに紛れながら門をくぐろうとしたティムは、背後から迫ってくる馬蹄の音を聞いて振り向いた。馬上の騎士が手綱を引くと馬はティムの直前で足を止める。

「ピーターさん」

「おお。やはりお前か」騎士は人の良さそうな笑みをティムに向けた。


「今この街に着いたばかりなのか?」

「ああ。行くあてもないし、とりあえず王都で腰を落ち着けようと思って」

「そうか。……ところで、すまなかったな。私の力不足でお前のことを守ってやることができなかった」


「別にいいさ。あんたが最善を尽くしてくれてたことは何となくだけどわかるよ。王に意見するなんて、最悪首が飛んでもおかしくないもんな」

「そう言ってくれると私も報われる」ピーターは再び笑みを見せた。


「そういや俺に何か用かい?」

「そうそう。神父からお前に伝言を預かっている」

「神父が?」


「ああ。狼の月十七日の夕方四時、王都北区画のオオハルニレの木の下で例の方がお前に会いたい、と言っている、とのことだ」

「十七日っていったらーー今日じゃねぇか」

「だから慌てて馬を走らせてお前の姿を追ってきたのだ。街中探し回らずに済んで本当によかったぞ」


 そう言うとピーターは街の方へ馬の進路を変えた。

「確かに伝えたぞ」

「ああ。わざわざありがとう」

 

 ピーターは軽く手を挙げると門をくぐり、街の中へと消えていった。例の方、か。将軍は一体俺に何をさせるつもりなのだろう?


 ゆっくり街を見て歩きたいところだがそうも言ってられなかった。太陽は天頂からやや傾いて空の明るさは既にピークアウトしているように見える。待ち合わせをすっぽかすとさすがにまずい。俺だけならまだしも、修道院にまで影響が出る。


 広場に出ると中央に立派な時計塔があった。時刻は三時二十七分頃を差していた。

 ーーやべぇ、もしかして結構ギリギリなんじゃねぇの?


 建物の間の路地を駆け抜けていくと前方に巨大な木の樹冠部分が見えてくる。

 ーーでけぇ。あれがオオハルニレか。


 高さ百メートルを越す巨木の姿は王都に到着する遥か前からティムの目には見えていた。しかし実際に接近するとまた抱く印象は違ってくる。上にもでかいが横にはさらにでかく、東西に三百メートル近く幅を広げた枝葉が石塀からはみだすようにして首をもたげている。

 石塀を西に伝っていくと鉄の門扉があり、その前にいた見張りの騎士にティムは呼び止められた。


「止まれ!ーーここから先は立入禁止だ」

「んなこと言われても、四時から人と待ち合わせしてるんだけど」

 騎士は訝るような表情でティムの全身をしばらく観察すると、納得した様子で横に退き道を開けた。

「……通れ。あの方は既にこの先でお待ちだ」


 門扉の先は薬草園のような雰囲気の場所になっていた。オオハルニレの葉の影のせいで日照が良いとは言いがたかったが、地面の上には薬用になる草や苔が生い茂っている。周囲を見ると魔力を持った色とりどりの大小のオーブがそこかしこにふわふわと浮かんでいた。なるほど、高濃度のマナが植物の成長を促進しているらしい。そして言うまでもなく、そのマナの源は中央に生えているこの巨大な木だ。


「来たか」

 ニレの根本にいた将軍ローガンは振り向くとゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。先日修道院で見たとき同様銀の鎧に全身を包んだ姿は、実際に相対するとより威厳のようなものを感じさせた。


「む」ローガンは足を止めると口元を歪めた。どうやら笑っているらしい。

「誰かと思えば人の噂話に聞き耳を立てるのが好きな、品性下劣なネズミではないか」

 かちんときたティムは一瞬前に出ようとしたがすぐに思い止まる。

 ーーこいつ、やっぱりあのとき気づいてやがったんだ。


「デクスターには手練れを用意してくれと頼んだはずなんだがな。口では強がっていたが、よっぽど人材に不足していたと見える」

「何だと!?」

 思わず激昂するティムにローガンは指先を動かして手招きする。


「まあいい、とりあえずかかってこい。人は見かけによらん場合も多いからな」

「……いいのかよ、本当に」

 先程からのローガンの失礼な言動ぶりにティムの我慢ももはや限界に近づいていた。将軍だかなんだか知らねぇが、どんだけ人をコケにしやがるんだ。


「早く来いと言っている。あと十五分後には公務に戻らねばならんのだ。時間が惜しい」

 ティムはメイスを鞘から抜くとウインドブレッシングの魔法を唱えた。

 ーーマジでムカついた。このじじいの顔面にいいのを一発入れてやらねぇと俺の気が済まねぇ。


 ティムはその場から飛び退くとローガンのサイド方向から飛びかかっていった。無防備な体勢だったローガンの横顔にメイスが振り下ろされる。

 ーーとった。ティムは秘かにほくそえむ。


 しかし次の瞬間、ニレの木を仰ぎ見ていたのはティムの方だった。地面に転がされて背中を強打したまま、うまく呼吸をすることができない。一度ティムの肩から離れたゼファーが心配そうに鳴きながらティムの周りを飛び回る。

「か……は…………」

「やはりその程度かーー仕方ない」


 痙攣しているティムを置いてローガンはこの場から立ち去ろうとする気配を見せる。

「ま、待ちやがれーー」

 ティムは何とか身を起こすがとてもすぐには戦える状態ではない。回復することさえ忘れているティムにローガンはさらに追い討ちをかけるような台詞を言い放った。


「一年だ。一年でギルドにAランクと評価される冒険者になれ。それができなければこの話はなかったことにする」

「……何だと?」

「お前に与えようとしている指令は最低限の強さを兼ね備えていることが大前提だ。弱い者に用はない」


 そう言うとローガンは出口方向へと歩き始めた。「ま、待てっ!」ティムが必死で呼びかけても振り返る素振りさえ見せない。そうしてローガンは街の中に姿を消していった。


 Aランクの冒険者だとーー?修道院の中の世界しか知らないティムには、それがどれほど困難なことなのかまったく見当がつかなかった。しかしやらなければ修道院への支援は打ち切られ、みんなが路頭に迷うことになる。


 ーーやるしかねぇ。

 ティムはよろめきながら立ち上がると、出口の方へと歩き始めた。

 





 








 


 

 




 

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