あの子の好きな人

「オレ……実は、なつきのことが好きなんだ」



不意に緊張気味に話し出した雅耶の、その思わぬ内容に冬樹は面食らった。


「えっ?そうなの?まさや。それって、もしかして『れんあい』なイミで?」

「うん……。なつきにはナイショだぞ」


頬を染めて恥じらう幼馴染みに。

やはり、身体つきも自分たち兄妹より一回りも二回りも大きな幼馴染みは、そういう心の面でも先に大人になって行くのだろうか。


冬樹は、ほんの少しだけ置いてけぼりを食らったような気持ちになった。


だが、何より相手は自分の妹である夏樹だ。

ここは相談に乗ってあげるべきだろう。


「それって、まさやの『はつこい』?」

「モチロン。こんな気持ちになったの、オレ初めてだもん。ふゆきは?そういう人いないの?」


普通に聞かれて。


「いるわけないよ。だって、まだよく…分からないもん」

「……そっか」


だいたい、いつも雅耶と夏樹と自分の三人でいるのだ。他の人に目が行きようもないような気がするのだが。


(ボクもなっちゃんのこと大好きだけど。でも、そういうのとは、きっと違うんだろうな……)


やはり良く解らなかった。


「でもさ……なつきは?だれかのこと好きだったりするのかな?ふゆきはそういう話とか聞いたことない?」

「ええっ?なっちゃんのッ?」


聞いたことは勿論、そんな人がいるなんて考えたことさえなかった。


「うーん……。どうだろう……?」


大切なあの子に、そんな人がいるのだろうか。

何だか聞くのがこわいな……と思う冬樹だった。



「なっちゃんに聞いてみた方が早いんじゃない?」

「いや、まぁそうなんだけどさ…。すごく知りたいけど、コワイっていうか……」

「うーん……」


好きな人がいない冬樹でも、その気持ちは分かる気がした。

冬樹は「なるほど」と頷く。


「でもさ、もしなつきに聞いてみても『ふゆちゃん!』ってこたえそうでイヤなんだよなー」

「……えっ?」


ねるようにこちらを見てくる雅耶に冬樹は驚きの表情を見せた。


「兄妹なんだから、それはふつうだろ?でも、まさやが言ってるのは、そういう好きじゃないでしょ?」

「そうだけどー。本気でそう言いそうなんだもん。おまえたち、本当に仲良すぎるしー」


恨めしそうに見てくる雅耶に、冬樹は苦笑を浮かべた。


実際、そう言われるのは悪い気がしない。

冬樹は本当に夏樹のことが好きだったし、夏樹がそう言ってくれたら、きっとこの上なく嬉しい筈だ。


でも、それは雅耶にしても言えることだろう。

自分たちは、いつだって兄妹のように三人でいたのだから。


「でも、それを言ったらなっちゃんは、まさやのことだってぜったい好きだよ」


フォローの気持ちも勿論あるが、本当にそう思ったので素直に冬樹は言った。


「……そうかな?」

「そうだよ」


少しだけ機嫌が直った雅耶に、冬樹は笑顔を浮かべた。


その時。


「ねー、二人でなに話してるの?」


噂の張本人。夏樹がやって来た。


「あ、なっちゃん」

「わっ……なつき!」





「え?すきなひと?」


突然の質問に、夏樹は首を傾げた。

目の前でわたわたしてる変な雅耶と、にこにこ顔の冬樹。

二人の顔を交互に眺めながら。


「うーん?ふゆちゃんも、まさやも大好きだよ?」


「「えっ?」」


嬉しそうな顔の二人を他所に。夏樹は「おとうさんも、おかあさんも好きー。あとねー」とか嬉しそうに指折り数えている。


「ちょ……ちょっとまって!なつき、そういう好きじゃないんだっ」


どんどん知り合いの名前が出てくる夏樹に、待ったをするように雅耶が言った。


「そういう好きじゃないって……なに?」


本気で分かっていない様子の夏樹に、苦笑を浮かべながら冬樹が説明する。


「あのね、なっちゃん。ボクらが聞いてるのは、『れんあい』の好き……なんだ」

「れんあい……?」


本気で考え込んでいる夏樹に、冬樹は助け舟を出した。


「じゃあさ、なっちゃん。なっちゃんがカッコイイなぁって思う人はだれ?だれかいないかな?」

「かっこいい人?いるよ!」


この質問なら、素直な夏樹の気持ちが聞けそうだ。

冬樹と雅耶は顔を見合わせると、頷いた。


「だれ?だれがカッコイイとおもうんだ?なつき?」


焦りを見せる雅耶と、静かに答えを待つ冬樹に。

夏樹は「それはだんぜんっ!!」と人差し指を立てて嬉しそうに笑った。



「「……だんぜんっ?」」



「空手のなおずみ先生だよー♪」


その、思わぬ強敵の登場に。

雅耶も冬樹も石化するのだった。








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