第83話

雅耶は冬樹を横抱きに抱え、足早に校舎へと向かっていた。


二人の鞄は先程の場所に放置してきてしまったが、今はそれどころではない。

意識を失ってしまった冬樹を抱え、雅耶はとにかく必死に保健室を目指していた。

昇降口の前に差し掛かったが、靴を脱いで上がるのも煩わしく感じて、そのまま校庭側から保健室を目指す。


一階にある保健室には、校庭側に面して非常口兼用のドアが設置されているのだ。

普段そのドアは解放されてはいないのだが、今は緊急事態でもあるし、保険医の清香がそこに居てさえくれれば何とかなる…と、雅耶は思っていた。


(熱い…冬樹…)


冬樹はぐったりとしている。

僅かに呼吸も早い。


(こんなに熱があるのに、無理して暴れたりするから)


冬樹のこの身体のどこにそんなパワーがあるのか、不思議にさえ思う。

何よりも雅耶が驚いたのは、冬樹の『小ささ』だった。


上級生には『おチビ』と言われていた冬樹だったが、実際背は言う程小さいということもない。

平均よりは小さ目だが160センチ以上は十分にあるし、もっと身長が低い同級生は沢山いる。

だが、何より線が細いのだ。

顔の小ささも相まって、余計に小さく見えるということなのだろう。


だが、実際に抱え上げてみて、その細さと軽さに雅耶は驚愕した。

自分と同じ男の身体とは思えない程の華奢きゃしゃさに。



窓越しに保健室を覗くと、清香がいるのが見えた。

雅耶は冬樹を横抱きに抱えたまま、肘で窓をノックする。


「雅耶…?どうしたのっ?その子は?」


状況を見て、清香はすぐにドアを開けるとベッドへと誘導した。


「熱があるみたいなんだ。突然、気を失っちゃって…」


冬樹をとりあえずベッドに寝かせると、雅耶は大きく息を吐いた。

重たいということはなかったが、気を遣いながら慌てて抱えて来たので流石に少し疲労を感じていた。


「…大丈夫?いったい何処から抱えて来たのよ?もうとっくに下校時間は過ぎてるでしょう?」


冬樹の額に手を当てながら清香は疑問を口にした。


「うん…ちょっと…ね。後で詳しく話すよ。あっそうだ、清香センセイ…俺、鞄を置きっぱなしで来ちゃったんだ。今取って来ても良いかな?」


バタバタと校庭側のドアから再び出て行こうとする雅耶に。


「良いけど…あっ待って。この子のクラスと名前を教えてくれる?」


ごく普通に清香は質問を口にした。

雅耶はその言葉に一瞬動きを止めて、またたきをすると。


「それ、冬樹だよ。一年A組、野崎冬樹」


そう言って微笑むと、外へと駆けて行った。


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