番外編

番外編:ある幽霊アパートの話


番外編SS:未来



 □ □ □






 昔、羽鳥と住んでいた幽霊アパートが、ついに倒壊したと元大家の西明寺さんから連絡をもらった。

 八年ほど前「もう流石にねぇ、危ないし下敷きになって高瀬くんたちに死なれちゃ困るから」と言われて退去して以来、一度も足を運んでいなかった。


 幽霊アパートの裏にある寺は、よくドラマのロケ地として借りている場所で、仕事で訪れた際は、いつも挨拶していたが電話をもらったのは久しぶりだった。

 昔を懐かしむ気持ちより、若かれし頃の黒歴史と罪悪感の波に押しつぶされそうになった。

 正直なところ、どういう感情で思い出すのが正解か分からない。

 ――そう帰宅した羽鳥に言ったら「思い出? 俺と初キスした場所だから?」と笑われた。(お前を泣かせた場所だからだよ!)と心の中で十年ぶりくらいに謝っておいた。


 同じ店子。当然、羽鳥の方にも連絡はいっている。フリーランスのカメラマンをしている羽鳥は「仕事の空き時間に撮ってきた」と、帰ってくるなり、既に現像済の写真をダイニングテープルの上にバラバラと置いた。

 無残にも潰れた思い出のアパートを見せられて、これは新手の嫌がらせかなと思った。


「なんだよ、喜ぶかと思ったのに。お前の好きそうな奴、わざわざ選んで持ってきたんだぜ」

「好きそうって……これが?」


 この前の地震がとどめだったんだろう。廃墟となったアパートの瓦礫の山を見つめる。――あの場所で羽鳥と二人、学生時代のやり直しみたいにバカやっていた数年間。恥ずかしいけど二度目の青春だった。


「ちなみに、この一連の写真のタイトルは?」

「ん、俺の初恋」

「ッ、壊れてるじゃねーか!」


 まだ根に持ってるのかと羽鳥の顔を見た。


「よく見ろって」


 羽鳥は、写真の遠景部分を指差した。

 無残に倒壊したアパートの向こうには、菜の花が一面に咲いている。以前は竹藪だった。


「ホント、お前の写真って、昔から、叙情的というか、ロマンチックだよな」

「そういうのが、好きってお前が言ったんだろ?」

「……その通りだよ」


 若い頃のキラキラした思い出は、おっさんになってから見ると、やっぱりしんどいわ。




おわり

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