第4話 「新しい仕事」

祖母が亡くなった


長く独り暮らしだったが、日々の生活がしっかりして、ユーモアがあって、なにより優しかった。若いころに大きな災害にあったこともあり、近所付き合いはもちろん、SNSを通じて知り合ったコミュニティも大切にしていた。


孫のUは、大きな喪失感に見舞われた。最近大手のハウスメーカーを退職に追い込まれたこともあり、その愚痴を祖母に聞いてほしかった。どんな理不尽な状況でも乗り越えてきた祖母ならアドバイスをくれる気がしていた…が、今はそれが叶わない。


AIが進歩するたび、クリエイティブな職業は無くならないとか、この職種は真っ先になくなるとか…そんな記事がたびたび出た。就職を前にしたUも、その手の記事に振り回され、悩んだ末に手に入れた大手ハウスメーカーの営業職だったのに…


不当な解雇だとして、かなりの退職金を手にはしたが、努力してきた数年分の時間が虚しかった。高いアクセサリーを買っても、不相応な時計を買っても、その時間を埋めるに至らなかった。


現在時間だけはあるUは、祖母が長いこと続けているSNSを読み返してみた。最近、祖母の更新が途絶えたことから、多くの書き込みが入っていた。


Uは、コメント欄に、祖母の闘病の経緯を説明するとともに、自身の喪失感を添えて最後の投稿とした。


その直後、祖母の友人と思われる人物から、Xデータサイエンス社のAI肖像画を勧められた。


「あなたの大切な人との時間を取り戻します。」


涙が出た…Uは早速お金を振り込み、祖母のSNSの投稿データや動画、画像データを送信した。すると、翌日、額縁が送られてきた。額縁の脇にはスイッチがついており、壁にかけ起動させると祖母の顔が浮かび上がった…


U「おばあちゃん!」


祖母「こんにちは Uちゃん。どうしたの?」

額縁の中の祖母が微笑み、話し出す…Uは涙が止まらない…


U「おばあちゃんがいなくなったら、私全然ダメ…

会社からも追い出されたし…どうしたらいいの?」


祖母「おやおや、困った子だね~ 話を聞くから教えて。何があったの?」


Uは堰を切ったかのように話し、全て聞いてもらった。祖母は、自分の経験について写真を見せながらUを諭すこともありながら、多くの時間、Uの話を聞いてうなずいていた。


祖母「営業職も事務も経理もみんな解雇だったのでしょ?じゃあ悩んでいる時間はないよ。新しい仕事を探さなきゃ、みんな同じこと考えているからね。これから伸びる分野を探しなさい!」 生前と同じように理路整然とアドバイスをくれる。


U「伸びる分野って言ってもね…」


祖母「あとね、人の縁を大切にしなさい。どのSNSでもいいよ。自分がこの世からいなくなったときに、その価値に気が付くから」


U「おばあちゃん!わかった!私もう大丈夫!」Uの顔に笑顔が戻った。


SNSのテキストが多ければ多いほど、動画や画像が多ければ多いほど、このAI肖像画は、会話の引き出しが多くなっていく。さらに、今を生きる人から情報が入ってくるし、自分のネットワークを使って、調べる手段を持っている。そして、物忘れはないので、知識量は膨大だ。悩みを聞いてくれるだけでなく、解決策まで示してくれる。


U「おばあちゃんと同じ肖像画の購入サイトをお向かいの息子さんに紹介したよ」


祖母「そうかい、あそこの息子さんも失業したらしいからね。いいことしたね。」


U「おばあちゃん、ほめられると嬉しいな。友達にも薦めてみるね」


この肖像画のサービスは、元々、亡くなった人の為のアイテムだったのだが、最近は、生前に自分で終活の為に用意する人も多い。この場合、お葬式が面白い。


事前の電子決済で香典を渡すと、URLが届く。そこにアクセスし、VRゴーグルでログインすると、葬儀会場で、本人が挨拶を始める。


故人「本日は私の葬儀にご参列いただき…」


故人本人が、参列者全員と、お別れの挨拶ができる。中には、お金の貸し借りの話など、葬儀にはふさわしくない怒号が飛び交う事態にもなるのだが、概ね本人の昔話を織り交ぜてお別れの挨拶をするから、みんな涙を流して感動する。


U「おばあちゃん! Iおじさんの葬儀、すごくいいお別れの会だったよ 事前に肖像画のサービスに入っていたんだって。でも、Iおじさん口悪かったでしょ、全然いい人って感じだったよ。おかしいね。人は亡くなると性格が変わるのかな?」


人は亡くなると性格が変わる…なんていう意味不明な日本語も成立するのが今のご時世である。


基本的にSNSに書き込んだ内容が影響するので、優しい人は優しい口調に、生前アンチコメントを書き込んだ人は、攻撃的に、愚痴っぽい人はそのまま愚痴っぽくなってしまうようなものだが、絶妙にいい感じの口調になるのが不思議なところだ。


U「おばあちゃん!私決めた、肖像画サービスのXデータサイエンス社に就職するね!頑張ってみる!」


祖母「う~ん…それはどうかね~やめておいた方がいいけど…」珍しく歯切れが悪い。


U「絶対、これから伸びる分野だと思うんだ!おばあちゃん、いつも言っていたじゃん、既存の職業にこだわるとAIに仕事を奪われるよって。新しい職業に挑戦したいなって思えるようになったんだ!」


祖母「やっぱり…無理だと思うよ…」


U「応援してよ!私頑張るから!」


祖母「それでもね…うちの会社、私も含め、従業員みんな、生きていないんだよね」

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