「凄腕営業マン」

@manybook

第1話 「凄腕営業マン」

「もうすぐ新人が入ってくる…今年も俺の出番だな…」


Bは、大手企業に勤め、営業マンとして、自己研鑽も惜しまない。

休日は高額なセミナーに自費で通ったし、後輩たちにも惜しみなく自分のスキルを教え、食事をご馳走し、社内の成績も優秀。慕ってくれる後輩も多い。


社内恋愛で、子供ももうけ、今も同じ営業職として二馬力で頑張っている。自宅の庭で、後輩を集めて、家族でバーベキュー。いつしかそんな夢を二人で見ていた。


B「けっこう頑張ったし…そろそろ自分達にご褒美だしてもいいかも。」


そんな時にSNSの広告で見つけたのは、某大手ハウスメーカーが導入した、AI設計士だ。


B「なんだこの値段は…安いな。これなら手が届く。」


送られてきた案内に従い行くと、銀行の建物に着いた。

人は少なく静かだ。無人の受付カウンターと、小さな個室が並んでいる。

受付の前に着くと目の前に女性が浮かび上がった。ホログラムだ。


AI「安心、安全、低価格のXハウスへようこそ。 本日、お客様をご案内させていただく、AI(あい)です。お客様のお名前を教えてください。」


清潔感ある女性の笑顔に相手が機械であることを忘れてしまう。


B「Bと申します。」


AI「B様、私の事はAIとお呼びください。本日はどんなご用件でしょうか?」


B「はい。ではAIさん。家を建てたくて、土地探しからお願いしたいのですが…あ、でも今日は家族がいないから、参考までに…」断れるよう予防線を張っておく。


AI「かしこまりました私がB様の為にご自宅の場所をご紹介し、設計、施工まで関わらせていただきます。もちろん断られてもかまいません。では、最初にお住いになりたい場所のご希望はありますか?」


B「そうですね…最寄り駅は会社に近いC駅がいいです。あ、でも駅からは遠くていいので…そうですね。15分くらいなら歩けます。日当たりもそこそこでいいです。安い方が…でも電車や車の音が気になるといやなので、住宅街がいいです。」


AI「…ちょうどいい物件をご紹介したいので、個室ソファーに移動していただき、VRゴーグルをつけてもらえますか?」


B「VRゴーグルか…最近ぜんぶこれだな…」

個室の扉を閉めソファーに座り、ゴーグルをかけ起動すると、Bは閑静な住宅街にいた。目の前に空き地がある。どうもここが紹介する土地らしい。

ほのかに草のにおい…そよ風も吹いてきた。

立ち話をしている人の声が耳をかすめる。


B「日当たりはいいですね。」


車通りは少なく、近所の人が、道を掃除していた。隣人も私たち家族と同じくらいの年増周りだ。北側には3階建てが建っているけど、日当たりには問題ないし… 

お~駅まで歩けるのか? 5分もかからない…近いし、並木も気持ちいい…


AI「いかがですか?」

駅までついたら瞬時に空き地の前に戻ってきた。そこにはAIが立っていた。


B「いい場所ですね。立地は最高です!」

営業マンの勘がこの土地は良いと告げている。でも立地だけではね…大切なのは間取り…


AI「では、間取りのご希望をお聞かせください。」


B「え~と、子供が1人なので、LDKと子供部屋、夫婦室、自宅作業用の書斎がほしいな。お風呂は大きめで…。トイレは2個必要だし、あとは、小さくていいので納戸…あ!シュークロークが欲しいかな…それと大事なのは、夢がテラスでバーベキューでして…」


AI「少々お待ちください…」


B欲張りすぎたかな…けっこう高くなるのかな?そもそも土地の大きさに入らないとか…


AI「B様へのご提案はこちらです」30秒も経っていない…


空き地に建物が瞬時に建った。玄関へAIと共に向かう。AIが扉を開けると、広い玄関に通された。左手にシュークローク。奥に階段とバスルーム、そして書斎があった。2階はLDKと家事室。 3階には寝室と子供部屋。それぞれに広いクローゼットがついていて、収納も問題ない。なにより、2階には広いテラスがついており、キッチンとダイニングに面してして、バーベキューをするのに申し分のない広さだ。


B「すっ…すごい!…あ~でも、白い部屋よりは、木を基調にした部屋がいいのですが…」


AI「お任せください、こんな感じではどうでしょうか?」


いままで、白く清潔感のある部屋が、瞬時にウッディな落ち着いた雰囲気になった。どこからかジャズが流れてくる。ウッドベースの振動が心地いい。


B「子供部屋はもう少し小さくてもいいので、夫婦室の収納を増やしたいのですが…」


AI「かしこまりました。」またも瞬時に間取りが変わっていく。

しばらく、デザインや色、間取りの大きさに注文をし、変更した空間を歩いて確認する。朝の寝室、日中のリビング、夕方のテラス…冬と夏の太陽高度の違いも検証した。


我ながら素晴らしい間取りだ。完璧…いや完璧なのはAIさんか、それとも指示要望が的確な俺かもしれない。


B「あの~この上に表示されている数字はなんでしょうか?」


AI「これは土地と建物の合計金額です。ご予算に合うようにここで調整しながら間取りを決めましょう」


贅沢だと思って注文したけど、全然予算内じゃないか!これはすごい!


B「なんで、こんなに安くできるのですか?」


AI「当社は実績80年の住宅メーカーです。今までのお客様と作り上げてきた建物のビッグデータを基に、ご要望を瞬時に形にするシステムを導入しました。この状態で、確認申請図も設計図も完成しています。ご契約いただけたら、今日中に確認申請を確認検査機関に出すことができます。VRゴーグルのおかげで。全国の住宅展示場から引き上げました。その恩恵をお客様はうけておりまして、昨年の建築費の半分以下で建物が建つようになりました」


B「それはすごい!去年建てた人はお気の毒だけど…それだけ経費が掛かっていたのですね。」頭の中で、営業マンとしての知識がフル回転。なるほど、これは買いかも…


AI「このデータは、プレカット工場にもつながっていて、瞬時に部材を切り出し、扉や窓も必要な部材を即日発送することができるので、来月には上棟でき、2カ月後には入居できます。」


B「2カ月後!すごい。GWは新居でバーベキュー!かっこよすぎない俺!すごいシステムですね。AIさん!」


AI「ありがとうございます。建築業界だけでなく、多くの企業様に検討をいただいているシステムですので、別の場所でお会いすることもあるかもしれません。」


B「そうなのですね。土地もいいし、間取りもいい。なにより対応がとてもスマートです。私も営業職なので、AIさんの対応に感心します」


AI「ありがとうございます。ご好評いただきまして、各地の支店、営業所もすべて、全国のD銀行様のロビーに移転し、業務を私がすべて担当しています。今現在、この土地で建物を検討しているお客様は4名いますし、大人気の物件です!」


B「4名?え? それって、もし、他の人が契約したらどうなるの?」


AI「私は同時に数千人まで対応できますが、さすがに土地は1つしかありませんから、最初に契約した方になります。でも、また最初から伺っても、ここまで20分しかかかっていませんよ」


B「いや、決めます。予算内だし、頭金は全くないけど、うちの会社でローンを断られた人を聞いたことないし!買います!」Bは声を張り上げた。


AI「ありがとうございます。では、個人情報はマイナンバーカードを読み込みます。その他の項目は、音声で入力してください、あとは銀行のローン審査だけです。」


ワクワクが止まらない。夢の自宅でバーベキューが、想定する予算の半分で手に入るところまできた。奥さんになんて報告したらいいか?驚かせちゃうかな?うれしくて泣いちゃうかも?ここなら職場も学校も近いし、家事室も作ってしまった。喜ぶに違いない!

最悪、クーリングオフだって使えるし、ここは長年の営業マンの勘で買いだ!

マイナンバーカードをリーダーにかざし、そして、口頭で職業と勤務先を伝えた。


AI「…もうしわけありません B様にこの物件は販売できなくなりました。」


B「なんで!?誰かが先に契約しちゃったのですか?」


AI「いえ、そういう訳ではないのですが…」 


  「B様ご夫婦のお勤めの会社ですが、来月から私が営業社員として赴任することが決まっているので…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「凄腕営業マン」 @manybook

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ