42
それは理で、三人が揃ったその場所は、大きい駅のホームだった。
「災難だったな」
隼人が理に言った。
「うん。だけど、僕が出る時間をもう少し早くしておけば良かったんだ」
「まあ、間に合ったからいいよ」
理はそこへ向かうのにタクシーを使ったのだが、事故渋滞に巻き込まれてしまい、遅くなったのであった。
「シロ、久しぶり」
奈穂子が理に話しかけた。
「本当に」
理は笑顔で応じた。
「でもごめんね、それなのに遅れてきちゃって」
「気にしないでいいよ。それより、何かシロ、すっかりたくましくなった感じがする……あ、シロなんて呼び方は失礼か。前内閣総理大臣様に」
奈穂子は茶化して言った。
「やめてよ。シロでいいよ」
理は照れながらそう返した。
「平井さん、改めてありがとう。僕があんな大変で身分不相応な役職を、お粗末ながらもどうにかこなせたのは、本当に平井さんのおかげだよ」
「ううん」
奈穂子は、一年以上も総理大臣を務めながら相変わらず謙虚な理に、良い意味で呆れてしまうといった表情で首を横に振った。
「ただただシロが頑張ったからやれたんだよ。柴崎がしっかり支えていたみたいだけど、総理大臣なんて重い役割、誰が何をどれほどサポートしたってほとんどの人が、当然私だって、まっとうできない。ほんとすごいよ。努力したのはもちろんわかってるけど、潜在的にやれる能力が備わってもいたんだと思う。じゃなきゃ、社会ドラフトを成立させる前に辞める結果になってたでしょ。自分を誇りなよ」
彼女が口にしたように、理が共生党の党首になるときからだが、隼人はずっとアドバイスなど全面的に彼をサポートしていたのだった。だからあの緑の党との連立も隼人の入れ知恵であり、選挙公約の再生可能エネルギーの大幅な促進は、本当にやるべきというのもあったものの、やはり緑の党との関係を意識した側面が強かったし、ああいった投票結果になり得ることを見込んで、選挙前から緑の党と対話するよう理に助言していたのだ。
と、隼人が理に声をかけた。
「じゃあ、そろそろ行くか」
理は左の手首にしている腕時計を見て、答えた。
「そうだね」
二人は泊りがけの旅行に行く用の大きなバッグを持っている。
「ねえ、長いこと政治家をやって疲れた体を休めにいくだけなんだよね?」
奈穂子が少しこわばった表情になって言った。
隼人と理は、理が総理を辞した後、次の選挙で立候補せずに国会議員を引退した。それは世間を驚かせたが、彼らが政治家になった目的は社会ドラフトを実現させることだと頻繁に語っていたために賢明な判断とも受けとめられ、毎日膨大な量の新たなニュースが飛び込んでくるなかで、少し経つとまったく話題に上らなくなり、忘れられたのと変わらない状態となった。
その間、奈穂子はというと、男性と結婚したのだった。こちらも彼女を知る人の多くをびっくりさせたのだが、最も驚いたのは奈穂子本人であった。その後妊娠と出産をしたこともあって、理が総理の座を追われたり、二人が議員を辞めてから、隼人とも理とも話はしたけれど、今隼人とした彼女が知らなかった内容に関しては断片的にしか聞けていなかったし、顔を合わせてもいなかったのである。
そんな状況で、一週間ほど前に隼人から連絡があり、政治家を辞めて次にやることも白紙だし、理と二人でしばらくの間骨休めに行くことにしたのだが、その出発する日にできることなら会いたいのだけれど、と伝えられた。それで、子どもは育児休業中の夫に任せ、やってきたのだった。
「その……」
続きを話そうとした奈穂子だったが、そこで口ごもった。
「ん? なに?」
言いたいことがあるなら言いなよといった調子で隼人が尋ねた。
「いや、その……死んだりなんてしないよね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます