第56話

適当に立本さんの女性遍歴なんかにツッコミを入れつつ、食べて飲む。

打ち解けてみると彼はけっこう気さくで、話しやすかった。


「もう一軒行くか。

オススメのバーがあるんだ。

いや、酒はもちろんなんだが、ミルクセーキが最高でな。

デザートにどうだ?」


「なんですか、それ!

美味しそうです!」


焼き肉屋を出て少し歩き、隠れ家的バーへ入る。

立本さんは私に、軽めのカクテルとオススメのミルクセーキを頼んでくれた。


「美味しいです!」


「そうか」


ミルクセーキを食べる私を、にこにこと笑って立本さんは見ている。


「あー……」


「ん?」


少しだけ不思議そうに、彼の首が傾いた。


「他の女性にもそーゆー顔を見せたら、一発で好きになってもらえると思いますよ?」


なぜかみるみる、立本さんの顔が赤くなっていく。

ん?

私なんか、変なことを言ったか?


「あのさー」


さらに今度は、彼の口から苦労の多い大きなため息が落ちていく。


「お前こそそーゆーのは、漸にだけ言え?

じゃないと他の男から好きになられちゃうよ?」


「あいたっ!

……なにするんですかー」


デコピンされて痛む額を押さえ、涙目で抗議する。


「あーあ。

漸の奴、絶対この先、苦労が絶えねえぞ」


「なんでですか」


「この、天然たらしが。

いや、漸も天然たらしだから似たもの夫婦でいいのか?」


ひとりで納得してニシニシなんて愉しそうに立本さんは笑っているが、私には全く意味がわかりません。


漸を幸せにしたい同士として、立本さんとはさらに話が弾み、ということはお酒も進むわけで。


「もー、飲めません……」


「だろうな。

おら、帰るぞ」


ワクの祖父の孫とはいえ酒量は人並みな私が、漸並みにいくら飲んでも全く変化のない立本さんにあわせて飲めば当然、そうなるわけで。

足下もおぼつかず、支えられて店を出る。


「お待たせしてすみません」


外では漸が、待っていた。


「鹿乃子さんなんでこんなに、酔っ払ってるんですか」


慌てて漸が、立本さんから私を受け取る。


「ふにゃー。

漸、ぜーったいに私が、幸せにしますからねー」


漸の匂いに包まれて、さらに身体から力が抜けた。


「すまん、つい俺のペースで飲ませた」


「すまんじゃないですよ、まったく。

ほら、鹿乃子さん、……鹿乃子さん?」


次第に、漸の声が遠くなっていく。

そこでぷっつり、私の記憶は途絶えた。




「……鹿乃子さん」


聞いたこともないほど冷たい声で名前を呼ばれ、目を開ける。

途端に視界に入ってきたのは能面のように、表情のない漸の顔だった。


「漸……?」


いっぺんに、酔いが引く。

それほどまでに無表情にベッドへ横たわる私を見下ろす漸は、怖かった。


少しだけ視線を動かして現状を確認する。

漸の部屋のベッド。

服はそのまま。

たぶんあのあと、漸が連れて帰ってくれてここに私を寝かせたのだろう。


「今日は一日、一斗と一緒で楽しかったみたいですね。

よかったです」


その割に漸の声は、どこまでもフラットだ。

怒っている、でもなんで?


「その。

……酔い潰れるほど飲んだのは、あやまります」


起き上がりたい、けれど漸は私の動きを封じるように、顔の両側へ手を突いてじっと私を見ていた。


「別に怒っていませんよ。

それだけ、楽しかったのでしょう?

よかったです」


嘘、腹の底から怒っている。

でもだいたい、立本さんに私を楽しませるように、なんて頼んだのは漸で。

私の食事までさせて帰すように立本さんに言ったのは漸で。


「……食事だけじゃなく、そのあとにバーまで行ったのもあやまります。

ごめんなさい」


それ以外にもう、漸が怒っている原因なんて考えつかない。


「だから怒っていませんよ。

つい、話が弾んで、なんてことはよくあることです」


なんで漸は、こんな嘘をつくのだろう。

必死に理由を探ろうとするが、レンズの向こうの瞳はガラス玉みたいでなんの感情も読み取れない。

……ううん。

そのずっとずっと奥深く。

ちろちろと仄暗い焔が燃えている。

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