第53話

「それでは、そろそろ出ますね」


玄関に向かう漸に着いていく。


「なにかあったら連絡ください。

店より鹿乃子さんの方が大事ですからね、すぐに駆けつけます。

……あ、そうだ」


雪駄を履いた漸が、私を振り返る。


「一斗なら一日くらい、融通が利くかもしれません。

いまは急ぎの仕事も入っていないはずですし。

連絡、しておきますね。

じゃあ、いってきます」


私の額に口付けを落とし、漸は出ていった。


「……はい?」


なぜにあの人は、自分以外の男とふたりでのお出掛けを私に勧める?


「漸ってときどき、考えてることがわかんない……」


ソファーに座り、携帯片手に今日の行動を思案する。


「でも、最低でも電子レンジは買いに行きたいんだよね……。

漸も好きにしていいって言ってくれたし」


ひとりだと持ち帰りは難しいが、立本さんが一緒ならできそう?

いやいや、ちょっともったいないけど配送って手もあるし。

しかし知識としては秋葉原に行けば大手家電量販店があるのは知っているが、ひとりで買い物ができるんだろうか……?


「うーっ。

田舎者の自分がつらい……」


決心はつかないまま、ぽてっとそのまま、横になった……途端。


ピコピコといきなり手の中の携帯が鳴りだし、半ば飛び上がった。


「ひゃぁっ!

え、誰……?」


画面を見たが、知らない番号だ。

詐欺電話だと嫌なので無視しようとしたけれど、いつまでたっても鳴り続ける。


「えぇーっ……。

は……」


『さっさと出ろ!』


もしかしたら用事のある電話なのかと出た瞬間、……怒鳴られた。


「えっ、あの?

どなた、ですか?」


『すぐに出られるか?』


「あの、だから、どなた……」


『十五分で着く。

準備しとけ』


言いたいことだけ言って、唐突に切れた。


「だから、誰……?」


あの様子だと十五分後、出られない状態だとまた怒鳴られそうなので、とりあえず出掛ける準備を手早く済ませる。


「あ、もしかして金沢の人だとしたら困るんじゃ……?」


などとも考えたが、地元の知り合いにあんな失礼な人間はいない……はず。


「ええーっ、じゃあ、誰よ……?」


東京で個人的な知り合いは漸の家族を除けば、明希さんと立本さんしかいない。

と、いうことは。


「立本さんか……」


確かにあの感じは、彼らしい。

そしていま、私が漸の家にいるのも知っているし、漸が彼に私の相手をしてくれないか頼むとも言っていた。


「……登録、しとこ」


これからは長い付き合いになりそうな気もするし。


きっかり十五分後、インターフォンが鳴った。


「はーい」


鞄を持って玄関まで走る。

しかしその間も待てないらしく……

連打された。


「遅い!」


ドアを開けるの同時に怒鳴られたが……これは私が悪いのか?


「あ、えっと。

……すみません」


「さっさと行くぞ」


私を置いて立本さんはエレベーターへと向かった。

慌てて鍵をかけ、あとを追う。


「なんかすみません、漸が無理を言ったみたいで」


エレベーターの中で立本さんは右肩を壁に預け、腕を組んで苛々と手をトントンしていた。


「あ……。

すまん、つい」


自分の態度に気づいたのか、急に彼が申し訳なさそうになる。


「漸の奴、いつも人の都合を考えずに頼んでくるから。

お前が悪いんじゃないのにわるかった。

……いや、お前のための頼み事だから、やっぱりお前が悪いのか?」


「えーっと……」


そこは曖昧に笑って誤魔化しておいた。

そうだとも、違うとも言えない。


「それで。

どこか行きたいところはあるのか?

漸からはお前を楽しませてくれって言われたが」


マンションを出て止めてあった車に乗せられた。

漸は金沢で黒のSUVに乗っているが、立本さんは白のスポーツセダンだった。

イメージとしては逆なんだけどな。


「あの、家電量販店に連れていってもらえますか……?」


私がシートベルトを締めたのを確認し、立本さんは車を出した。


「家電量販店?

……ああ」


なんか納得したらしく、彼は頷いている。


「あの部屋、なんもねーもんな」


知っているんだ。

てか、立本さんなら中に入っていてもおかしくないか。


「酒も冷やせねーから俺が買って置いた冷蔵庫が、唯一の家電か?

あと、エアコン」


「え」


立本さんが必要なければ、冷蔵庫すらなかったかもしれないってこと?

そして電子ケトルはきっと、まともに朝食を食べはじめてから買ったんだ。


「あいつ、接客業だから身だしなみには気を配るが、それ以外はどーでもいいからな。

あいつとの生活は大変じゃないか?

人としての常識が欠如してるから」


「別に苦労したことなんてないですけど……?」


だからこそ、東京であんな破綻した生活をしているなんて知らなかった。

それくらい、あまりにも普通だったのだ。


「あいつなりに努力したのか、お前にそうさせるだけのものがあるんだろうな」


ふっ、と唇を緩ませた立本さんは、酷く嬉しそうだった。


連れてきてもらった家電量販店で電子レンジを選ぶ。

トーストも焼けるものもあるが、漸がそこまでするか疑わしいので、単機能のものにした。


「ま、確かに正解だな」


電子レンジを車に運びながら、立本さんは笑っている。


「あとはどこ行く?

スカイツリーでも登るか」


漸もだけれど、とりあえずスカイツリーと言っておけば喜ぶとでも思っているんだろうか。


「あー、えっと」


行きたいところはある。

がしかし、男性にあれを買いにいきたいとか言うのは恥ずかしいわけで。


「上野でパンダでも見るか」


迷っていたら、それで決まりだと立本さんは車を出した。

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