第26話
悠将さんの今回の帰国は、一週間ほどなのらしい。
「なのに引っ越しなんてしていていいんですか……?」
帰ってきて翌々日に、ホテルから購入した家に移った。
アメリカに発つ前に手配した家具などはすでに運び込まれていたし、幸いなのか私の荷物も出ていくつもりでまとめてあったので、よかったと言えばよかった。
しかし忙しいだろうに、家移りなんてよかったのか気になる。
「んー?
今回は引っ越しするために帰ってきたんだ。
ホテル住まいも悪くないが、李依は落ち着かないようだったからな」
無言で彼の顔を見上げる。
まさか、気づいていたなんて思わない。
綺麗に整えられているホテルは楽だったが、そのために従業員だけだとはわかっているとはいえ、不特定多数が部屋へ入るのを気にしなければならない。
それがいつまで経っても慣れなかった。
「これでゆっくりできるだろ?」
「そうですね、ありがとうございます」
一緒に窓際に立って庭を眺める。
「でも、ブランコは必要ですか?」
そこには可愛らしい白のブランコが設置してあった。
「必要だろ?」
「あと、滑り台も」
「いるに決まっている」
悠将さんはドヤ顔で頭が痛い。
これらは相談なく置かれ、今日ここに来て初めて知った。
「……そうですね、あるといいかもしれませんね」
「だろ?」
本当に嬉しそうに悠将さんが笑う。
家が嫌いだと言っていた悠将さん。
嫌いだから、滅多に帰らない。
その悠将さんが楽しそうに家のことをあれこれ考えているのは、私も嬉しい。
ここを、悠将さんが帰ってきたくなる家にする。
これが当面の、私の目標だ。
引っ越しが終わり、落ち着く暇もなく悠将さんはアメリカに戻っていった。
やはり、ジャニスさんからのホテル買収でバタバタしているらしい。
今日は休みだったので、家からお見送りした。
「悠将さん。
今日は寒いので、よかったら」
腕を伸ばし、自分が編んだマフラーを彼の首に巻く。
「これは?」
「私が編んだんです。
お気に召してもらえるといいんですが」
色、チャコールグレーにして正解。
スーツやコートの色と合っているし、悠将さんによく似合っている。
「李依が?
僕のために?」
「はい、そうですが」
悠将さんは微妙な反応で、やっぱり手編みなんてダメだったのかと思ったけれど。
「ありがとう、李依!」
いきなり、悠将さんから抱きつかれた。
「手作りのプレゼントなんて初めてだ。
しかも李依の愛情がこもっているから、凄く温かい……」
悠将さんの声が、甘く溶けていく。
「こんなに嬉しいプレゼントはもらったことがない。
金庫にしまって大事にするな」
「それはちょっと」
巻かれたばかりのマフラーを外そうとする彼の手を止める。
予想どおりの答えが返ってきて、笑うしかできない。
「使ってもらうために編んだので、金庫にはしまわないでください」
「それもそうだな」
唇を重ねた彼が、眼鏡の陰に笑い皺をのぞかせる。
それはとても嬉しそうで、作ってよかったな。
「今度は二週間で帰ってくる」
「無理はしないでくださいね」
「李依もな」
ちゅっと軽く、悠将さんの唇が私の唇に触れる。
「じゃあ、いってくる」
「いってらっしゃい」
ぎゅっとハグし、悠将さんが出ていく。
ドアが閉まる直前、迎えに来た秘書にマフラーを自慢にしている悠将さんが見えた。
あんなに喜んでくれるなら、悠将さんと私、子供とお揃いのなにかを編もうかな。
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