第13話 竜魂の言葉
平地と自然に囲まれた街『ルミエラ』。
冒険者や商人が行き交う賑やかな街だ。
ルミエラから少し離れた場所に、街を一望できる丘がある。その丘で、一人の青年が剣を振っていた。丘は森林に囲まれているため、獣の魔物が出ることも珍しくない。ルカという青年は、魔物に囲まれながらも的確に一体ずつ捌いていた。
「複数相手の時は……敵を直前上に捉える……!」
ルカの剣士としての腕は、ここ最近になって著しく成長していた。幾度かの死線を超えた経験は、確実に彼の剣を磨いているのだろう。
やがて、魔物を狩り終えたルカは一息ついた。空を見上げると太陽はまだ昇りきっていなかった。
「ハァ……。暑いな。少し休んだら街に戻るか」
遠くにルミエラの城が見える。以前にノエルと森へ行った時に、謎の眩暈に襲われたことをルカは思い出していた。ちょうど、森の中で城を見た時だ。あれから一度もそれは起こっていない。
「一年以上前の記憶かぁ。前は何をしてたんだろうな、俺は」
自分の体のことや、魔法のこと。目覚めたらノエルに拾われていたこと。ルカにはわからないことだらけだった。
「まぁ剣士ではなかったんだろうな! 俺の剣はそんな強くないし!」
その時、不意に声をかけられた。
「いえいえ。ルカ殿の剣はなかなか筋がよろしいと思いますよぉ」
「! ……なんだ、ミストか」
黒いコートを風になびかせながら仮面の男が立っていた。
「近くの街道を通っていたら、ルカ殿を見かけましたので。何やら神妙な顔をしておりましたがぁ」
「なんでもねぇって」
「ふむ。昔の貴方を思い出せず、お辛いのですか? 普段の貴方は、気にしていなさそうでしたけどねぇ」
「自分がどんな人間だったのか、考えてただけだ」
「ふっふっふ。もしかしたら、大英雄かもしれませんしねぇ! あるいは大罪人ってこともぉ!?」
「ミスト、あんた何か知っ――」
「まぁでも、何の変哲もない一般人ってことはないと思いますけどねぇ」
「なんでだよ?」
「ノエル殿が、そんな方を拾うはずがありませんからね」
「……? なんでだ? あいつなら善行とか言ってやりそうなもんだけどな」
「この街に来る前の、以前のノエル殿を見たことがあります。まだ知り合いではありませんでしたけどね」
そう言うとミストは、丘から街を見下ろすようにして続けた。
「ノエル殿は、以前はもっと冷たい目をしておりました。凍り付くような灰色の瞳が印象的でしたねぇ。それと、とても必要以上に人を助けるような方ではありませんでしたよぉ」
「あいつが? 今と全然違うじゃねぇか」
「えぇ。なので、ルミエラで彼女を見かけたときは驚きましたよ。あんなに笑顔に似合う方だったんですねぇ」
ミストの話をルカはずっと意外そうに聞いていた。
「まぁ。ノエルにも何かあったのかもしれないな。どうせ話してくれないだろうけど」
「時が立てばいずれ……、ということもあるかもしれませんしねぇ」
「かもな。俺は、以前の記憶がないことがつらい時もあるけど、今の生活は気に入ってる」
「左様でございますか」
「あぁ。だから今はこのままでいいかもな。そのうちなんか思い出すだろ」
「はっはっは! ルカ殿らしいですねぇ」
ミストは楽し気に笑っている。そんなミストを横目にルカは、街に戻るように歩き出した。
「俺はそろそろいくぜ」
「では、ルミエラまでお送りしましょう」
街までミストの馬車で送ってもらったルカは、礼を言うと商店の方へ向かった。
まだ先日の祭りの余韻が残る大通りは、まだ昼前だというのに賑わっている。
ルカは、とくに寄り道はせず目的の店まで足を進めた。
「あら、ルカさん。いらっしゃい」
綺麗で気品のある女性が、店の番をしていた。
「あいつはやっぱり店番はしてないんだな。また酒か?」
「多分そうかしらね? そのうち戻ってくるんじゃないかしら」
ルカは装飾店で番をする女性と他愛無い話をしながら、店の中の商品を見て回った。ここは、いつもギルドで酒を飲んでばかりの、あの男が経営する店だ。そして、この女性はその男のパートナーである。
「あのひとには、いつも頑張ってもらってるから。たまには羽も伸ばしてもらわないとね」
「たまには、って。酒飲んでる時しか見たことねぇぞ」
「あら。あの人も装飾品を作ってる時は、なかなかいい男なのよ?」
ふふ、と女性が微笑みながら話した。
「ふーん、そんなもんか。まぁ、あいつもあれで良い奴だしな」
「あら、ありがとうルカさん。それで今日はなにか探してるのかしら?」
「ん? あぁ。ちょっとな」
ルカはそう答えながら、棚に並んでいた品物の中からひとつを手に取った。
それは、天の星々と共に翼が描かれた可愛らしい装飾の櫛だった。金属ではないのか、手に取ると軽く扱いやすそうだ。
「ルカさん、櫛を探しているのかしら? でも、それは女性向けに作られたものよ」
「あぁ。可愛らしい装飾だから、なんか気になってな」
「……? あぁ! そういうことね、ルカさん」
女性は、何かを察すると楽しそうな顔でこちらに駆け寄ってきた。
「それはね! ルカさん! 竜の牙で作られた櫛なのよ!」
興奮した様子で、ルカに説明を続ける。
「竜って長寿で強靭でしょ? だから竜から作られたものは、永遠や強固の意味が込められるのよ」
「えぇ? まぁ意味はなんでもいいんだけど。でも竜の牙ってなんかいいな」
「なんでもよくないわよ! 女性は、そういうのに心ときめく生き物なの!」
「そ、そうなのか? まぁ、だったらちょうどいいんじゃないかな……」
「それで! 渡す相手は誰なの!? やっぱりノエルさんなのかしら!?」
「だ、誰でもいいじゃねぇか……てか、テンション高いな……」
「否定しないってことはノエルさんね!? あぁぁ! たしかにあの子は綺麗な銀色の髪だものね! きっと喜んでくれるわ!」
ルカは気圧されるように困惑している。
「ちゃんと渡すときは綺麗な髪だからって褒めて渡してあげるのよ!」
「わかったわかった。これで足りるか?」
そう言うとルカは、カウンターに硬貨を並べた。
「あら? ルカさん、たしか働いてなかったんじゃ」
「なんであんたにまで知られてるんだよ。今朝、ギルドで受けた依頼の報酬だよ。さっき片づけてきたんだ」
「あぁ! ついに自立したルカさんが! 初めての報酬金で、お世話になった子へのプレゼントを買うなんて! お姉さん、キュン死しそう……」
「なんで初めてってわかるんだよ。初めてだけど」
「結婚式は絶対呼んでね! ルカさん!」
「気が早ぇよ! ってか、そういうつもりじゃねぇ!」
買い物を終えるとルカは店を出て、大通りを歩き始めた。
すっかり太陽も頭上に昇りきっていた。暑い日差しが、大通りを照らす。
「やっぱ……暑いな。教会の中は涼しいんだけどな……。それにしても、みんな元気なもんだ」
大通りは、たくさんの人々が行き交い、店先では声を上げて店主が客寄せをしている。ミストが立てた計画の効果もあり、街はより一層以前よりも活気づいているように見えた。
「けど、これだけ人が多いのに、警備の兵はいつもより少ない気がするな」
いつも大通りを巡回している兵士がいるはずだが、今日は滅多に見ることはなかった。
「まぁ。そういう日もあるか」
ルカはあまり気にすることなく、教会へ戻っていった。
教会につくと、ルカはノエルの部屋をノックする。眠たげな声で、どうぞと返ってきたのでルカは部屋へと入っていった。
「おはよう……ルカ……」
「もう昼だけどな」
いつも早起きのノエルには珍しかったが、昨日の遺跡探索が響いたのか、疲労でぐったりと寝込んでいた。今もまだ眠そうだ。
「ちょっと疲れただけなんだってば……。そういえば、ルカがなんか朝に声をかけてきた気がする……」
「あぁ。ちょっと外に出てくるって伝えただけだ。体を動かしたくてな。依頼で魔物を狩ってきた」
「ル、ルカがついに自ら善行を!?」
ノエルが急に身を起こして食いついてきた。
「いや、討伐だったから普通に報酬も貰ってきたよ。いつもの日課はあとでいってくる」
「なんだぁ……」
つまんなさそうにノエルは再び枕に頭を投げ出す。
そんなノエルの頭上に、ルカは先程買ったものを差し出した。
「んん? これは櫛?」
不思議そうに差し出された櫛を眺めるノエル。
ルカは、ノエルには目を合わせずに口を開く。
「こ、これ、たまたま見つけてなんとなく買ってきたから。ノエルにやるよ」
「ルカが?」
ノエルはベッドに横になったまま櫛を両手で受け取る。
「ほ、ほら……お前の髪って、良い感じに銀色で、さらさらしてて……なんか丁度いいと思ったから……」
ルカは緊張のせいか、自分で何を言ってるかわからなかった。視線もずっと壁に向けている。
「ルカ……贈り物をするときの台詞、ヘタすぎない?」
「……ッ! たまたま気まぐれで買っただけだ! 俺は使わないし、ノエルが使えよ!」
そう言うと、ルカは部屋を出て行ってしまった。
「まったく、ルカは不器用だねぇ」
ノエルは身を起こすと、また櫛を眺めた。
「竜の牙かな? あと装飾が綺麗だなぁ。満天の星々と天使の翼、私にぴったりだよ」
しばらく魅入るように櫛を見つめていた。
「頑張って選んでくれたのかなぁ。ふふ、朝早く依頼を受けて買ってきてくれたのかぁ」
「下手くそだったけど、私の銀色の髪も褒めてくれてたみたいだし。嬉しいな」
ノエルは、嬉しそうに自分の髪に櫛を通してみる。
「髪によく馴染むし、軽くて使いやすいや」
「永遠で強固かぁ。ずっと大事にしないとね。私の宝物だよ」
ノエルは、櫛を両手で胸に抱くと、幸せそうな笑顔で微笑んだ。
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