第9話

朝食のあと、外してどうしようか悩んでいた結婚指環を嵌められた。


「これは俺からのプレゼントだ」


「え?」


どおりで、鈴木と買ったものとは違うわけだ。

まあもし、鈴木と買ったものならきっと、叩き捨てていただろうけど。


「李亜を飾るものはすべて、俺が買う。

すべて、だ」


妙に強調する彼の左手薬指にも、お揃いの指環が嵌まっている。


「はぁ……」


「まあいい。

さっさと出かけるぞ」


「えっ、あっ!」


どういう意味か計りかねている私を無視し、彼は強引に手を掴んだ。


ホテルを出たあとは、街へ連れ出された。


「服買うぞ、服。

あと下着もだな。

あんなサイズのあわないものをつけていたらダメだ」


「はぁ……」


御津川氏は運転時、眼鏡をサングラスに変えた。

それが鈴木なんかよりも断然格好良くて、なんか悔しい。

ドイツ製、白のSUVは滑るように街を走っていく。

エンジン音が独特なのは、さすが有名スポーツカーメーカーの車だから、というか。


街中の地下駐車場に御津川氏は車を預けた。

降りる前にサングラスを眼鏡に戻す。


「じゃあ、行くか」


ごく自然に、彼が手を繋いでくる。

それをどうしていいのかわからず、微妙に指を開いた形で固まった。

けれど彼は気にすることなくどんどん歩いていく。

最初に連れていかれたのは美容室だった。

とはいえ、大きな鏡とあの独特の椅子がなければ、ホテルのロビーと間違えそうな店内だったが。


「この重たい髪をどうにかしてくれ」


「長さはいかがいたしますか?」


「そうだな、李亜にこの長い髪は似合うから……」


施術用の椅子に座った私を挟んで、美容師の男性と御津川氏は勝手に話を進めていく。


「じゃあ、そういうことで頼む。

俺はしばらく、出てくるから」


「かしこまりました」


私を置いて、御津川氏は店を出ていった。

ひとり取り残されて途方に暮れてしまう。

私は、美容室、特に美容師が苦手なのだ。

はっきり言ってなにを話していいのかわからない。

それでいままで、千円カットの店で毛先だけ切ってもらっていたくらいだ。


「じゃあまず、切っていきますねー」


話しかけられたらどうしよう、なんて私の心配とは反対に、彼は必要最低限しか話さなかった。

いつもセレブを相手にしているとそうなるのだろうか。

おかげで、緊張せずに済んだ。


「そろそろ終わったか?」


「はい、ちょうど」


再び御津川氏が店に来たのは、美容師が最終チェックを終えた頃だった。


「うん、前よりずっとよくなった」


髪を少し明るく染め、緩くAラインパーマをあてた私は、年相応に見える。


「李亜は元がいいんだから、もっと磨かないとダメだ。

これからは俺がガンガン磨いていく」


「はぁ……」


なんだか彼はやる気だが、私としては微妙な気分だ。

そんなことをしても中身が伴わなければ意味がない。

そして、私にはそんな自信がなかった。


「とりあえず、昼メシにするぞ。

腹、減ってるだろ」


私の意見など聞かずに、また彼は私の手を掴んでどんどん歩いていく。

今度来たのはフレンチのレストランで、個室へ通された。


「苦手なものや、食べられないものはあるか」


メニューを見ながら、御津川氏が訊いてくる。


「特には……」


「わかった。

……今日のランチコース。

以上で」


パタンとメニューを閉じ、彼はそれ以上訊かずに注文してしまった。

薄々気づいてはいたが彼は、黙って俺についてこい、Going My Wayタイプの方なのらしい。

そういう人は……ちょっと苦手だ。


昼食のあとは上品なセレクトショップへ移動する。


「これは御津川様。

いらっしゃいませ」


中に入った途端、にこやかに笑みを浮かべた青年が迎えてくれた。


「彼女の服を頼みたいんだ。

もちろん、オーダーするが、当面着るものも見繕ってほしい」


店の奥の個室へ案内され、あっという間に目の前にいくつもラックにかかった服が運び込まれる。


「ほら、李亜。

着てみろ。

昨日のドレスはよく似合っていたし、これとかどうだ?」


「は、はぁ……」


差し出された服を手に、更衣室へ入る。

色は濃紺とダークカラーで私の好みだが。


「……背中、開きすぎ」


ロング丈のワンピースは上品でいい。

がしかし、背中が。

背中が大胆に開いている。


「あ、あの。

これはちょっと……」


「いいじゃないか。

ほら、次」


やはり私の意見など聞かず、御津川氏の好みでどんどん服が決まっていく。

もっとも、私に選ばせたら、黒ばかりのしかも同じようなデザインのものばかり選んだだろうけど。


そのあともいろいろな店をはしごさせられた。

どこでも個室に案内され、店長や支配人が対応してくれる。

ソファーに座ってお茶を飲んでいるだけで希望の商品がどんどん目の前に並んでいくのはこう……ちょっと、面白くもある。


「そろそろメシ食って帰るか」


御津川氏が散々買い物して満足した頃には、もう日はとっぷりと暮れていた。


「そう、ですね……」


何着、試着させられたのかわからない。

そのほとんどはお買い上げか、セミオーダーになった。


……うん。


ちょっとスカートの丈が気に入らないとか、色違いがほしいとかで、彼はバンバンオーダーを命じていく。

御津川氏はスーツ以外の服でも普通にオーダーする、別世界の人間なんだって改めて思った。

そんな世界に生きる彼の妻が、私なんかで本当にいいんだろうか。

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