第7話

その後、砺波さんが契約内容の説明をしてくれた。

さすがに人身売買は法律違反になるので、そこはぼやかして書いている。

私にとって重要なのは、御津川氏の許可なく彼の元を離れた場合は、七百万の即時返済に加え、多額の違約金が課せられるということだ。


「これで李亜は俺のものだ」


私がしたサインを確認し、御津川氏が満足げに笑う。


「こっちにもサインしろ」


次にテーブルの上へ置かれたのは――婚姻届だった。


「あの、これは……?」


「さっきの話を聞いてなかったのか?

李亜は俺のものだ。

当たり前だろ」


もうすでに、それの夫の欄には御津川氏の名前が記載してある。

促されて妻の欄を埋めた。


「じゃあ憲司、あとは頼んだぞ」


「了解」


書類を確認し、砺波さんは鞄の中にしまった。


「今日は助かった。

この埋め合わせはまた」


「上手くやれよ」


にこやかに砺波さんと握手を交わした御津川氏に連れられ、バーを出た。

エレベーターに乗り、ホテル階へ戻る。


「今日は泊まって帰るからな」


そう言って開けられた部屋は、最高級スイートルームだった。


「そう、ですか……」


もともと、そういうプランだったから問題はない。

けれど当初予定していた部屋よりも何ランクも上の部屋は、さすがというか。


「来い」


ベッドに座った御津川氏が、隣をぽんぽんと叩く。


「へ?」


けれど意味がわからず、そのまま突っ立っていた。


「来いと言っているだろうが」


腰を浮かせた彼が、私の手を引っ張る。


「あっ」


バランスを崩した私は必然、彼の胸に飛び込む形になり、そして。


「……あの」


「ん?」


気がついたらあたまは枕につき、私にのしかかる御津川氏を見上げていた。


「これはいったい、どういうことなんでしょうか」


眼鏡の向こうで目が細められ、彼の手がうっとりと私の髪を撫でる。


「結婚式を挙げたんだから当然、初夜だろうが」


「……!」


私の言葉を封じるように唇が重なった。

ちゅっ、ちゅっ、と何度も唇を啄まれ、知らず知らず、はぁっと甘い吐息が口から落ちていく。


「……!!」


開いた唇の隙間から、ぬるりと彼が侵入してきた。

押しのけようと彼の胸を押したけれど、その手は易々とベッドに縫い留められてしまう。


くちゅり、くちゅり、と淫靡な水音が静かな部屋の中に響きだす。

しばらくは足をばたつかせて抵抗をしていたものの、そのうち身体からは力が抜けていく。

私がおとなしくなった頃、ようやく唇が離れた。


「お前は今日から俺のものだ。

隅から隅まで、俺のものにする」


無機質なレンズの向こうに見える瞳は、熱く燃えている。

好きでもなんでもない人に抱かれるなんて嫌だ。

けれど買われた私は、彼に従うしかない。


「さっさと終わらせてください」


もう抵抗するのはやめた。

これが私のハジメテだなんて情けなさ過ぎるが、二十八にもなって後生大事に持っておくものでもない。


眼鏡を外した彼は、ジャケットを脱ぎ捨てた。


「愛してるって言っただろ」


言った、披露宴の時に。

でもあれは、お芝居で。


短い口付けを繰り返しながら、彼が器用に私の服を脱がしていく。


「愛してる、李亜。

神に誓ったこの気持ちに、嘘偽りはない」


それってどういうこと?

御津川氏は私を買ったのに。

考える隙を与えないかのように彼に翻弄された。

そして――。


「いっ、たーい!」


彼に貫かれ、悲鳴が漏れる。

途端に彼は、動きを止めた。


「は?

もしかして、しょ……」


「皆まで言うな」


目玉がこぼれ落ちそうなほど、見開いた彼に繰り出したパンチはヘロヘロだった。


「面倒くさいことになった、やめときゃよかったとか絶対考えてますよね、絶対」


涙の浮いた目で、彼をじろりと睨みつける。


「いや。

ならもっとロマンチックにして、優しくしてやればよかったと後悔はしている。

……やめるか?」


眉根を寄せた彼の、両の親指が私の目尻を拭った。


「続けていいんで、その、できるだけゆっくり動いてくれたら」


「わかった」


再び、彼が動きだす。

やめてもよかったのだとわかっている。

けれど、私を気遣ってくれたのが――嬉しかったから。


事が終わり、ぐったりと疲れている私のあたまを、御津川氏が撫でてくれる。


「無理をさせて悪かったな。

今日はもう、ゆっくり休むといい」


彼の手が私の瞼を閉じさせる。

こうして私の、怒濤の一日は終わった。

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