4
◇
「みーつ、お風呂出たよー」
「ジャンプ読んでるから待って」
「私が読むからキミは風呂へ行きなさい」
「読みたいだけじゃねえか」
今日も変わらず、お風呂から出た後みつの部屋へ向かった。ベットに腰掛けると、ジャンプから目を離さないみつの後頭部がよく見える。月曜日に手に入らなかったジャンプの最新号を、皆をコンビニまで送っていった時に買ったらしい。ジャンプの争奪戦はやめられない。
「ねーみつ」
「つーかさ」
私の声を遮ってみつの声がかぶる。私はベットの上、みつはベットにもたれかかってジャンプを読む。これは定位置。
「何?」
「いい奴いた?」
「はあ?」
「バスケ部。好みの男、いた?」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
『勧められる方の気持ちも味わってみろ』って。みつが言っていたのはこのことか。あまりに唐突に聞くからわからなかった。理解した途端、突然心臓が何か重いものがまとわりついたみたいに苦しくなる。こんなのおかしい。
みつが私に他の男子を勧めてくることなんて一度もなかった。どうして今、このタイミングで、そんなことを言うんだろう。
「別に、わかんない。そんなに関わってないし」
「ふーん。じゃあまた連れてきてやるよ」
「何それ、みつってば変なの。今までそんなこと言わなかったのに」
「何? 弟から男紹介されるの嫌なの?」
「だから、なんでイキナリって言ってるの」
「伊藤よりはマシだろ」
ドクン、と心臓がひとつ大きく鳴った。
突然出てきたその名前に驚いたのと、私と伊藤くんが連絡を取っていることがみつに全部バレてるみたいで恥ずかしくなった。
「……知ってるの?」
「何? より戻したの?」
「いや、それはあり得ないよ」
「ふうん、でもLINE、してんだろ」
全部見透かしてるみたいに、みつが言う。
こっちを向かないのも、少しだけむきになってるその口調も、みつのくせに、意味わからないよ。どうしてそんなに、みつはいつも自分の気持ちに正直なんだろう。どうして、何も考えないで、自分の気持ちを大事にできるんだろう。
「……それなら、みつだって」
「は?」
「みつだって、ユカリちゃんとか、お似合いじゃん。あれだけ好意向けられてて、気づいてないわけないでしょ? ……ほんとは、まんざらでもないくせに」
みつが、ゆっくりとこっちへ振り返る。
鋭い目線と眉間に寄った皺。ベットの下から見上げるその瞳には、真っ直ぐわたしが写った。
けれど、次の瞬間それはすぐに逸らされた。左に落ちたみつの視線と、綺麗な形をした横顔が三角形をつくってわたしに跳ね返ってくる。
「おまえっていつもそうだよな」
「いつもそう、って何」
「いつも余裕で、簡単に俺のことすり抜けてく。あおって、いつもそうだよ」
「……なに、それ」
「俺がユカリと付き合ったら満足なわけ?」
「そんなこと、言ってないけど……」
「なあ、あお」
左へ落ちたみつの視線が、こちらへと戻ってくる。下から見上げられる形になっているからか、いつもより小さく見えるみつが少しだけ幼く見えた。
もしかしたら、みつが泣きそうな顔を、していたからかもしれない。
「俺はいつも、嫉妬してるよ。いろんなものに、いろんな人に、……妬きすぎて狂いそうだ」
ふ、と。みつの口角が緩んだ。目は一切笑ってないというのに。
「……あおにはわかんねえよな、俺のこのバカみてえな気持ち」
軽く視線を逸らしてから。みつが立ち上がる動作を、まるでスローモーションでも見ているみたいにぼうっと眺める。
ズキズキと胸が痛むのは何故だろう。部屋を出て行くみつの背中に触れたいと思うのは何故だろう。……私だって、という言葉を飲み込んだのは何故だろう。
「……風呂行ってくる」
そう言って扉を閉めたみつの背中が、じわりと私の胸に染み付いて行く。
何故だろう、なんて。
わかってるくせにわからないフリをするの、わたし本当に、ズルイね。
ねえ、だけど、みつ。
きみは自分の気持ちに真っ直ぐすぎるよ。私にとって、正直に、純粋に、自分の気持ちをさらけ出すのはとても、……苦しいことだよ。
だから、ごめんね。
いろんなことに見えないフリをする私をどうか、赦してほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます