第30話
髪を乾かし、脱衣所から出ると、奥の方でチロルが床にペタンと寝そべっていた。
私に気がつくと起き上がり、『ワン、ワン』と吠え、尻尾を振っている。
「チロルおはよう」
私は、チロルの側により、わしゃわしゃと撫でた。
「弥生ちゃん、おはよう。昨日は寝れた?」
南さんはリビングから顔を出し、優しい笑顔で声をかけてくれた。
「おはようございます。おかげさまで、ぐっすり寝れました」
「今、チロルと朝の散歩行ってきたところなの。今から、朝食つくるから、弥生ちゃんも食べてね」
南さんはキッチンに入って、冷蔵庫から食材を出して調理を始めた。
「私の分は大丈夫です。お気遣い無く」
「遠慮しないで。パンとサラダと、目玉焼きだけだから……輝はいつもこれ。簡単な男なのよ」
南さんは、3斤の長いパンを私に見せた。
そのパンは、チロルで出されている、あの美味しいパンと同じなのかなぁと、気になった。
「南さん、毎日作りに来てるんですか?」
「輝は自分でやるって言うけど、あの子、朝、弱くて。結局作らず、食べず、仕事行っちゃうから」
再び、『マザコン』の文字が、脳裏に浮かんだ。
「じゃあ、今日だけご馳走になります」
「そんなこと言わないで、毎日輝と一緒に食べてあげて、ねっ!」
「ありがとうございます」
南さんは、パンをトースターに2枚のせ、ダイヤルを回した。
そのトースターは、蒸気でふっくら焼き上げる、高価で人気のトースターで、私は更に食するのが楽しみになった。
「そうだ……10時頃、怪我の手当しに、また来るからね」
「私、自分でやりますよ」
「右手怪我しているんだから、うまく塗れないわよ。だから、私がやります」
そんな会話をしていると、パンの焼き上がりを知らせる、音が鳴った。
パン屋に入った時のような、甘く香ばしく甘い、すごくいい匂いがした。
「輝、起きてくると思うから、仲良く食べてね。じゃあ、お邪魔虫は退散します。薬忘れずに飲んでね」
南さんは、出来上がった朝食をテーブルに並べ終えると、ニヤニヤしながら、チロルと帰っていった。
私は、どんなテンションで、何を話せばいいのか悩みながら、マスターが起きてくるのを待った。
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