第15話 ルビートマトのカルツォーネ③
ノエルに送り出され、ランスロットは祭り客で賑わう町に繰り出していた。
肩には、エフェルの花かんむりを被ったセサミが乗っている。鎖を巻いた騎士がファンシーなもふもふモンスターを連れて歩いているわけで、もちろんかなり目立っている。
「撫でてみるか? 大人しい闇ザラシだぞ」
ランスロットは、セサミに熱い視線を送る幼い少女に声を掛けた。
「うわぁい! 可愛いアザラシ!」
少女は嬉しそうにセサミをもふもふと撫で、当のセサミも気持ちよさそうに「きゅう~」と鳴いている。
「あの、もしかすっと、カルツォーネの店の店員さんかい?」
少女の手を引いていた父親が言った。彼もセサミを撫でたそうに見えたので、ランスロットはセサミを差し出しながら、「あぁ」と頷いた。
「近所のおばぁが、アザラシがいる店で美味いカルツォーネが食べれる言うから。店員さんも男前だぁって。やっぱり、あんたか~」
どうやら、嬉しい噂が広がってくれているらしい。ランスロットは、チラシを持ってこなかったことを悔やみつつ、「ベーカリーカフェルブランという店だ。店主は若いが、料理は絶品だ」と、きっちり宣伝はしておいた。
小さな努力が、いずれ自分に返ってくる。宣伝は、鍛錬と同じだ。
自分を拾ってくれたノエルのため、そしてアンジュが残した店のために、力になれることは何でもしたい。ランスロットはそう思っていた。
「きゅっきゅっきゅっ」
セサミが、少女と父親を見送るランスロットの頬をぺちぺちと叩く。早く行こうと言わんばかりである。
「ん……、すまんな。セサミ」
しかし、ランスロットは目的のないまま、なんとなく歩くしかなかった。どこをどう見て回ればいいのか、祭りをどう楽しめばいいのかが分からなかったのである。
「チラシ配りのような、役割があった方が良かったかもしれんな」
独り言を呟きながら、ランスロットは屋台の間を抜け、中央広場にふらりと辿り着く。
そこではジャズバンドが生演奏をし、派手な衣服の若者たちがそれに合わせて陽気にダンスを踊っていた。愉快で楽しそうな光景であるが、ランスロットはとても馴染めそうにない。ランスロットにとってのダンスは、オーケストラに合わせたワルツであり、踊る場所は城や屋敷の大広間なのだ。
ところが。
「やっほ~! お兄さん、鎖なんて巻いて、イケイケやん! 一緒に踊ろうっちゃ!」
と、顔にペイントメイクを施した女が、飛び跳ねるようにランスロットに近づいて来た。
ランスロットは、つい昨日、彼女が熱心に畑を耕している姿を目撃していたのだが、まるで別人。祭りを全力で楽しんでいる印象だった。
「い、いや、俺は遠慮しておく。またの機会に頼む……」
人は置かれる状況で変わるものなのだなと、ランスロットは感心しつつ、その場をそそくさと足早に離れる。
そして、あちらこちらから聞こえる歌声や歓声、舞い散るエフェルの花びらを見ていると、娯楽というものの大切さを痛く感じた。
三百年前には故郷のアプラス領はもちろん、オーランド王国全土が魔王に侵されつつあり、大衆娯楽や祭りなどもってのほかであった。いつ魔王の配下が攻めてくるのかと、毎日が恐怖と緊張に満ちていたのだ。
「平和な時代になったものだな」
人々の活気も、笑顔も、自分が知らないものだった。
しかし、それらを幸せなことだと感じる反面、時代の変わりようにランスロットの気持ちは追いつかない。
心だけが三百年前に取り残されてしまっているかのような孤独感や、自分だけが平和な世を生きていいのだろうかという罪意識がせめぎ合い、混ざり合って足を重くする。なんだか、身体に巻き付いている鎖の重さまで増しているかのような気がしてしまう。
「きゅうぅぅ」
セサミの短い手がランスロットの頬にさわさわと触れ、励ましてくれているかのようだった。しかし、よく見ると、セサミはエフェルの花かんむりをむしゃむしゃと食べているだけだった。
「セサミ! せっかくノエルが買ってくれた花かんむりを!」
「きゅぅっ! きゅぅ!」
ランスロットが止めたが、時すでに遅し。セサミはすぐに、エフェルの花かんむりを完食してしまった。
「美味かったか? エフェルの花は」
「そのエフェルの花は観賞用じゃが、食用もあるけん! フル~ティで美味いけん!」
ランスロットはセサミに話しかけたつもりだったが、花売りの少女がパッと顔を覗かせた。
「ほぅ。食用のエフェルの花か。面白いな」
「じゃけん、お兄さん一籠どう? 今ならオマケも……」
少女が花籠をランスロットに差し出して見せた時──。
「きゃーっ! 盗賊団よー!」
中央市場の屋台通りの方から、甲高い悲鳴があがったのである。
「いかん! 店にはノエルが!」
どうやら、盗賊団が現れたらしい。ランスロットはノエルの身を案じ、元来た道を大急ぎで駆け出した。
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