第13話 ルビートマトのカルツォーネ①
真っ暗な闇の中で、異形の者たちが蠢いている。
ランスロットは晴天の槍をそれらに向け、高らかに叫ぶ。
「我が名は、アプラスの聖騎士、ランスロット・アルベイト! 魔を狩る者だ!」
自信と誇りを槍に込め、ランスロットは渾身の突きを放つ。
しかし、異形の者たちはその突きをいとも簡単にすり抜け、ランスロットに襲いかかってきた。
「うぐっ!」
腹に、胸に、首に噛みつかれ、激しい痛みが走る。そして、身動きが取れないランスロットは、徐々に意識が遠のいていく。
誰でもない、声がする。
「裏切り者」
「【勇者殺し】の大罪人」
「【堕ちた聖騎士】。永遠に闇を彷徨え!」
裏切り? 勇者殺し? 俺がしたのか? 何故だ。分からない。思い出せない。
『忘れてしまえ。その方が、楽になる。そして俺に身をゆだねろ』
気づくと、異形の者は重い銀の鎖へと変わり、ランスロットを縛り付けている。
声の言う通り、忘れたままの方がいいのではないだろうか。友を殺すような自分を、俺は知りたくない。本当の自分を知ることが怖い。
ランスロットは、瞼がどんどん重たくなっていくのを感じた。
このまま、深い眠りについてしまいたい。
しかし、温かい声が彼方から聞こえた。
「私、あなたを信じたい。全て記憶を取り戻して、あなた自身に本当の真実を語ってほしい! その手伝いをさせてほしいんです!」
愛しい恋人の声──、違う。この声は、もう一人の守りたい者の声だ。
「ノ……エル……」
「ランスロットさん!」
手を伸ばすと、少女の細い手首に触れた。温かく、脈打っているのが分かる。
「ランスロットさんって、起きる時、誰かの手を掴む癖とかあります?」
ランスロットがハッと目を開けると、そこは闇の世界ではなく、住み始めたばかりの自身の寝室だった。
そして、同居人の少女が心配そうに、こちらを覗き込んでいる。
「私の部屋にまで、うなされてる声が聞こえて来たので来ちゃいました。大丈夫ですか?」
「あぁ、すまん。少々夢見が悪くてな」
ランスロットは深く息を吐くと、ノエルを心配させまいと、早々に身体をベッドから起こした。
何故、この少女がアンジュと瓜二つの姿をしているのかは分からない。子孫といえど、アンジュは養子を取っており、ノエルとの直接的な血のつながりはないはずなのだ。
だとしたら、神の悪戯か、それとも悪魔の気まぐれか――。
いずれにせよ、少しだけ幼いアンジュを見ているかのようであり、ランスロットとしては、守ってやりたい親心が湧いてくるのである。
「さて、今日は【エフェル祭り】の日だったな。頼むぞ、オーナー」
「はい! 絶好の宣伝日和ですから、張り切っていきましょうね!」
花が咲いたようなノエルの笑顔に、ランスロットは力強く頷いた。
***
ロンダルク領では、春になると新しい実りを願い、エフェルという花を家の前に飾る風習がある。かつてはそれだけの風習に過ぎなかったのだが、近年では町を盛り上げる意味も込めての祭りが行われている。それが、【エフェル祭り】だ。
「ちびっ子は、エフェルの花かんむり付けてはしゃいでさ! 大人は昼間から酒飲んで、屋台で美味いもん食って! みんなが浮かれて騒ぐ祭りなんだぜ!」
そんなハインツの話にノエルはすぐさま食いついた。
「それって、私たちもお店を出せるっ?」
「お、おう。親父の許可があれば、屋台登録できるけど……。せっかく町に来たばかりなんだし、俺と一緒に祭りをまわ……」
「ありがとうハインツ! ホカイドおじ様に伝えて! ベーカリーカフェルブラン、【エフェル祭り】に出店するわ!」
こうして呆気にとられているハインツをよそに、ノエルはやる気満々で出店の支度に取り掛かったのである。
***
祭り当日、ノエルとランスロットは、元【幽霊屋敷】の軒先に長テーブルとテント屋根をせっせと設営した。
これらは屋台登録をすることによって、エフェル祭委員会から格安でレンタルさせてもらっている。加えて、パン生地を成型する作業台、油鍋、材料、包み紙など必要なアイテムを並べ、開店準備は万端だ。
「店頭販売は初めてなのでワクワクします!」
「ノエルが調理して、俺が接客と清算を担当すればいいのだな。任せろ」
ランスロットはやる気十分だが、相変わらず古臭い鎧と鎖がギシギシと嫌な音を立てている。
今度キッチンに入る時は、鎧だけは絶対に脱がせてやるんだから、とノエルは心に決めたのだが、今日ばかりは目立つ方がいい。
「ベーカリーカフェルブランの本オープンに向けての出店ですから、張り切って宣伝しましょうね! 商品を提供する時に、このチラシも一緒に渡してください」
ノエルは、宣伝用のチラシをわさっとランスロットに手渡した。
【ベーカリーカフェルブラン! 来週オープン! 基本は予約制ですが、オープン当日は開店記念パーティを行います。お気軽にどうぞ!】
目立つ文字に、パンと闇ザラシのイラストを書き添えたチラシだ。ノエルが寝る間を惜しんで、手書きで百枚完成させた力作である。
「チラシ作るの、ほんっとに大変だったんで、じゃんじゃん配ってください! お願いします!」
「す、すまない。俺がもっと手伝えたらよかったのだが……」
ランスロットは非常に申し訳なさそうにしていたが、ノエルは責めるつもりはない。残念ながら、ランスロットにはイマドキの美的センスというか、絵心がなかったため、ノエルから手伝いを断ったのだ。もちろん、その代わりにテントの設営や清算用のお金や帳簿の準備をしてもらった。
「三百年の間に、金の単位や紙幣が変わっていなくて安心したぞ。算術は得意だから、役に立てるはずだ」
「よかった。私は計算が苦手なので、本当に助かります!」
そして午前10時。ロンダルク領【エフェル祭り】は幕を開けた。
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