第11話 ロンダルク野菜のタルティーヌ①

【幽霊屋敷】の幽霊問題を解決した翌朝から、ノエルとランスロットは屋敷の大掃除を始めた。


 一階を店、二階を居住スペースにすることとなり、まずはキッチンの掃除から取り掛かっていた。しばらく空き家だったこともあり、なかなか手強い状態だったが、調理台やオーブン、テーブルなど、きちんと掃除をすれば、そのまま使えそうな道具や家具も多く、非常に有難い物件だった。


「前住んでた人が、いいオーナーさんだったっていうことがよく分かります」


 ノエルは、備え付けの石窯を掃除しながら感嘆の息を漏らす。

 料理人として、是非使ってみたい石窯だ。美味しいピザやパイ料理が作れそうで、ワクワクする。


「キッチンは料理人の聖域だ、と誰かが言っていた。そして、その聖域の状態こそ、料理人の腕前を示すと」


 相変わらず、鎖と鎧を纏っているランスロットは絶望的にモップが似合わない。しかも、闇ザラシ――、命名セサミがピタッと張り付くように肩に乗っている。

 その姿が可笑しくて、ノエルは思わず笑ってしまいそうになってしまう。


「それ、父も言っていました。初代から伝わる格言なんだそうです」

「初代──アンジュの言葉だったか。俺は、アンジュの言葉も忘れているのだな。大切な婚約者だったというのに」


 ランスロットの寂しそうな様子を見て、ノエルは彼にそんな顔をさせてしまったことを猛省した。

 ご先祖さまアンジュを心から愛するランスロットの傷口に、たっぷりの塩を塗るつもりなどなかったのだが、うっかり地雷を踏んでしまった。彼の力になるどころではない。


「ごめんなさい、ランスロットさん。私がもっと、記憶が戻るような料理を作れたらいいんですが……。スコーンと鶏のソテーみたいに、なかなか上手くいかなくて」

「何を言う。それはノエルの責ではない。記憶を取り戻すのは俺であって、お前は協力者。謝罪は筋違いだ」


 ランスロットは肩のセサミをむんずと掴んみ、ノエルの頭の上に移した。


「きゅうっ」


 セサミは短い両手をぱたぱたと動かして、はしゃいでいる様子である。ノエルはセサミを落とさないようにしながら、ランスロットを見上げた。


「さぁ、掃除の続きだ」


 ランスロットは再びモップを握り、せっせと手を動かしている。


(この人のために、何かしてあげたいのに……)


 ノエルは、もやもやした気持ちを昇華させるため、ひたすら真剣に掃除を進めることにした。




 そして昼過ぎに、ひとまずキッチンとホールの掃除を終えることができた。


 それぞれは、そこまで広いスペースではない。キッチンは二人で作業するのが限界だろうし、ホールは丸テーブル四つでいっぱいになっている。

 だが、二人で店を回すなら、適度な大きさかもしれない。


「うん! すごくワクワクしてきました!」

「俺は、お前が元々どんな店をしていたか分からないが、今後のプランはあるのか?」


 ランスロットは、丸テーブルの上に上げていた椅子を二脚ずつまとまて下ろしながら言った。


「父がいた時は、モーニング、ランチ、ティータイムでやってたので、できればそうしたいんですが……」


 自分と料理素人のランスロットでは同じようにすることは無理だろうと思い、ノエルは言葉を濁らせた。

 まずは、現実的な案を考える必要がある。


「やっぱり、お客様が来やすいランチとティータイムですかね。ロンダルク領は農家さんが多いから、朝にゆっくりモーニングする人は少なそうですし」


 ナイトランドで店をしていた時は、出勤前の騎士のモーニングの需要があった。

 しかし、ロンダルクでは同じようにはいかないだろう。農家の朝は早いため、それではこちらの仕込みが間に合わない可能性が高い。

 しかし――。


「私一人でお店をやってた時……、ランチとティータイムのお客様がみるみる来なくなってしまって。実はランスロットさんは、久々のお客様だったんです」


 ノエルは先程までワクワクしていたのに、急に不安になってしまった。

 歴史あるベーカリーカフェルブランを廃業寸前まで追い込んでいたのは、他ならぬ自分なのだ。ナイトランド領主サーティスの妨害があった可能性も濃厚だが、それも初めからではないはずだ。


「客入りが悪くなるほど、お前の料理は父上殿に劣っていたのか?」

「そんなことはないと思います! 料理には自信がありますよ!」

「ならば、メニューを変えたか?」


 ランスロットの一言に、ノエルはドキリとした。確かにメニューは変更していた。


「すぐに提供しやすいように、ランチメニューを減らして、シンプル化しました。肉料理のAセット、魚料理のBセット、パスタのCセットです。パンは二種類に絞って、なるべく仕込みの時間を削減できるようにして……」


 ノエルは自分で説明しながら、何となく客が減っていき、常連客まで寄り付かなくなった理由が分かってきたような気がした。


(私、お客様をぜんぜん見てなくて、お店を回すことしか考えてなかったんだ……)


 ノエルはセサミを胸元できゅっと抱きしめながら、過去の自分を思い返した。

 今思えば、父マルクは客との対話を大切にしていた。客を見て、話すことで、相手の気持ちを理解しようとしていたのかもしれない。


「お客様の気分、体調、味の好み……。私は自分のことで手一杯で、何も気づけてなかった」


 効率化は悪いことではない。だが、ルブランの客が求めていたのは、一定の味や提供時間の早さではなかったのだろう。


「落ち込むな、ノエル。店はこれからだ! お前が作りたい店の形をよく考えることだ」


 ランスロットは、ノエルの手を引き、「外へ行こう」と促した。


「腹が減ると、思考が止まってしまう。俺も三百年間、ぼんやりとしていたようだからな。何か食べよう」

「それ、笑ってもいいんですか?」


 ノエルを励ます冗談なのかどうか分からなかったが、ランスロットの気遣いが嬉しかった。

 そして、ノエルはランスロットに連れられ、買い物に出掛けることにした。


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