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更衣室に響く、女子特有の甲高い声。



「ねぇ、知ってる?マナさぁ、あれやってるらしいよ!」


「あれってもしかしてあれ?ふー?」


「そうそう!」


「マジきもいよね。つか、そんなに金困ってんのかよ!」


「あれじゃん?男に入れ込んでるとか!」


「ホスト?」


「必死すぎてまじウケるんですけどー!」




彼女たちにとって他人の悪口ほど楽しいことはないのだろう。



私は、すごく嫌いだ。


《キモいんだけどー》

《まじウザいよねー》


忘れたはずの記憶が蘇る。


いやだ。


ほんの少しのことで、引き戻されそうになる。



この世界は汚いことはわかっていたはずなのに。


今までいたところとは違うことは覚悟してきたはずなのに。


大切なものを捨ててまで来たのだから。




ちょっと前までは、落ち着いていた生活があった。


楽しい日々で、安心できる人とも出会えた。



それを捨ててきたのは自分だ。


この道を選んだのは自分だ。




わかっていた。


女だらけの世界。仲間じゃない。みんなライバルであることを。



わかっていた。この場所がどんなところか。


わかっていた、はずった。



それなのに、ほんの些細なことで一気に引き戻される。



せっかく得た新たなものも、覚悟も、全部埋め尽くして真っ黒に染められる。




残ったのは、あの頃の記憶。やつらの笑い声。



それまで立っていた場所が急に底が抜けたように、立っていられなくなる。



助けてともいえず、ただただ恐怖に支配される。



このことになると一気にあの頃の自分に戻される。


弱い弱い自分になる。



ふとした瞬間怖くなることもある。



この先それを抱えるなんて嫌。



だったら、パッと目的を果たし、全部終わらせてしまった方がいい。すべてを。

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