第588話

お客さんと会話をするなとは言わないが、長話をする必要はないと思う。


ここのお店を手伝うことを決めたのなら、しっかり働いてもらわないと店主に失礼だ。


それにカウンターに飲み物や料理が溜まるわけにはいかない。



「怒ってる?」



「貴方は何をしに来たわけ?お喋りがしたいだけなら帰れ」



「凄く怒ってるね。だって、お姉さんたちが話しかけてくるから。無視するわけにはいかないでしょ?」



「無視しろとは言ってないでしょ。長話しをしないでってこと。分かる?分かっているのに話しているでしょ?楽しいとは思ってないくせに。ここで表側のコミュニケーションを学ぼうとしないで。今はそんな時間ないから」



「あれ?バレた?」



バレたとか言わないでよ。


早く持っていけ。


料理、待ってるはずだから。


この卵焼きは絶対ふわふわなヤツだよ。


是非、熱々の状態で食べてほしい。



「4番テーブルだから、早く持っていけ。あと、長話し禁止ね」



「はいはい」



柚月はトレーに料理を乗せて4番テーブルへと行く。


カウンターにはまだ提供されていないものがある。


真理亜も雪も注文を聞いているところだし、ここは私が動くしかないだろう。



「奏多、ソフトドリンクお願いね。私もホールに出るから」



「えっ!?」



「すぐ戻るから」



そう言って料理をトレーに乗せて客席へと向かう。


動ける人が率先してやらなければ提供が遅れてしまう。


スムーズに提供するために人員を増やしたのだから、遅れてしまうのはよろしくない。


トレーに料理を乗せてまた運ぶを繰り返し、カウンターが綺麗になったところで中に戻り慌てている奏多を押し退けてソフトドリンクを作る。


この流れを何度か繰り返したところで注文の数も減ってきた。


どうやら落ち着き始めたらしい。



「凛ちゃん、お腹空いたぁ。美味しそうな匂いばかりだからお腹が空くよね。唐揚げとか最高にいい匂い。美味しい匂いって幸せじゃない?」



あれだけ食べたのに真理亜のお腹は空腹らしい。


終わる時間はまだ少し先だから我慢してほしい。



「ずっと立ってるから足がパンパンなんだけど。立ち仕事って大変だねぇ」



雪は真理亜の隣で何故か軽くジャンプする。


それで解決するのか?


余計に足の負担にならない?



「日頃、運動しないからじゃない?家のマシン使って体を動かしたら?」



柚月は長時間の立ち仕事は大丈夫らしい。


それは奏多も一緒だ。


あれだけ慌てていたはずなのに元気そうだ。



「柚月、今なら長話しもO Kだよ。行ってくれば?」



「椎名さんは、そうやって突き放すよね。もう、長話しはしないよ。同じ会話が多いからもう良いかなって」



………………。


なんだよ、それ。



「同じ会話って何?」



「連絡先教えて下さい、とか」



「なるほど。もっと表のこと学べるのでは?」



「会社の利益に繋がるなら良いけど。そうじゃないなら必要ないかな」



経営者みたい。


いや、経営者になろうとしているか………………



「壱夜さん。あっちから熱い視線を感じますけど、放置でいいんですか?可哀想ですよ」



奏多はなんとも言えない表情で言った。


奥のテーブル席から視線を感じる。



「ん〜、厨房のお手伝いしようかな」



そう言って柚月は奥へと逃げた。


柚月が消えたことで奥のテーブル席から残念そうな声が聞こえた。



「顔より中身じゃない?凛ちゃんはどう思う?顔より中身だって思うけど」



「そうね。真理亜の言っていることは正しい」



亜紀のことを思い浮かべてしまうけど。


顔より中身………………


中身………………


………………。



「女子がそう言うとホントか?って男は思うんだけど。最初は、顔で選ぶじゃん」



「あっ、それは偏見だし!奏多さんは分かってないなぁ。顔が良くてもヤベー男なら、見るだけで満足するもんですよ」



なぜ、こんなところでそんな話をしているのだろうか。


小声で会話してもお客さんはいる。



「真理亜、注文したい人がいるから行ってきて」



「は〜い」



返事は素晴らしい。



「雪は空いたグラスを片付けてきてよ」



「分かった」



雪はトレーを持って客席に行く。


私もお皿を片付けに行くか。



「奏多、あとはよろしく」



「えっ!?また?」



落ち着いてきたから、さっきみたいに忙しくはならないよ。



「凛ちゃん。柚月さんについて聞かれたんだけど」



注文を聞きに行ったはずの真理亜が戻ってきた。

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