令嬢探偵、元探偵のその後を知る(2)



「さて。まずはマルガリータさんが遺体で見つかった前日の出来事をお話しします」


 シエラは探偵モードに切り替え、表情をきゅっと引き締める。


「あの日ダイアナさんは、何らかの用事──恐らく作ったレースの納品のため。普段からそうしていたように、息子さんを置いてほんの一瞬出かけていました。用事を済ませて帰って来た時ちょうど目撃したのでしょう。……息子さんが連れ去られる現場を」


 それを見たダイアナは、もちろん近頃頻発している誘拐事件のことが頭をよぎったはずだ。

 パニックになったダイアナは、近所の人にも聞こえるような声で叫びながら息子を探した。

 そして少し落ち着いた頃、はっと気が付いたのだ。

 息子を連れ去った者の容姿は、以前働いていた屋敷で自分をクビにしたマルガリータ・デマールにそっくりではなかったか、と。


「街はずれにあった例の小屋、あれはデマール家の所有物ですよね。一年前までデマール家に仕えていた貴女は、すぐにあの場所を思い出したのでしょう。息子さんを連れ去ったのが本当にマルガリータさんだったのかという確証はなかったでしょうし、本邸に乗り込むのは逆に捕まってしまう可能性が高い。だから、一筋の希望に賭けてあの小屋を見に行った」


 ダイアナの顔色は次第に悪くなっていく。何も口を挟みはしないが、血がにじむくらいに唇を噛み締めていた。


「そして、そこで貴女は目撃しました。腹部から血を流すマルガリータさんの姿と……血の付いた刃物を持った、貴女の息子を」


 マルガリータの腹部の高さは、6歳ぐらいの子どもが腕を上げたぐらいだ。

 恐らくは正当防衛だろう。誘拐犯のマルガリータが、言うことを聞かせるために痛めつけたのは容易く想像できる。

 それに耐えかねた幼いダイアナの息子は持っていた大きなハサミを振り回し、必死になって刺したのだろう。だから、マルガリータには致命傷となった深い傷の他に、浅い傷がいくつもあった。


「わからなかったのは、何故小さな子どもが大きなハサミなんて持っていたか。でもこの家に来てわかりました。あれは、ダイアナさんの仕事道具ですね」

「……はい。あの子は私が少し目を離すと、すぐに私の仕事道具で遊ぼうとするんです。危ないからっていつも怒っているんですけど」


 ダイアナはその時のことを思い出しているのか、手を押さえてかすかに震えている。


「すぐに医者を呼べばきっと助かったんでしょう。実際、最初はそうしようとしました。……でも、床に這いつくばって血を流す彼女は言ったんです。『その子どもを私に寄こせ。大事な金蔓だ。役立たずの使用人がこの私の役に立てるんだ、誇らしく思え』と」

「そんな……」

「言葉だけではなく、その様子も異常でした。あんなに血が流れているのに、まるで痛みを感じていないかのように笑って、目を爛々と輝かせて、私の足を驚くほどの強い力でつかむんです。……それが怖くて、ハサミはその場に捨て、息子を抱きかかえて外にでました。小屋の扉を閉めたら、向こうからはずっとうめき声が聞こえていました。でもとても助ける気にはなれなくて。……その声が聞こえなくなって、完全な静寂が訪れるまで、私はずっと扉が開かないように押さえていました」


 マルガリータの異常な様子というのは、間違いなく薬物の作用だろう。

 シエラは語り終えた彼女に掛けるべき言葉を見つけられず黙り込んだ。

 代わりにルシウスが静かな声で尋ねる。


「息子さんは、その時のことを覚えていないのではありませんか?」

「……ええ。さすがにショックが大きかったみたいで、連れ去られた辺りから記憶がすっぽり抜け落ちているようです」

「それは幸いでしたね。ですが、ここにいれば何かの拍子にまた思い出してしまうということがあるかもしれません。それは避けるべきだ

「っ……」

「息子さんと共にこの地を離れ、どこか遠くへ引っ越しなさい。……あの日あったことは、貴女の胸の中だけにしまっておくんです。できますね?」


 その言葉を聞いたシエラは、驚いてルシウスの顔を見る。

 驚いたのはダイアナも同様だったようで、彼女は「えっ」と声を上げ狭い馬車の中で立ち上がった。


「私達を、見逃すんですか?」

「シエラ嬢が、デマール家の違法薬物購入と誘拐及び人身売買関与の証拠をつかんでいます。世間の注目が集まるのは、マルガリータの死因よりそちらでしょう。というか死因に関しては、薬物の作用から狂気を起こし、自ら腹を刺したというところで落ち着くかと。……まあ、罪の意識に耐えられないから出頭したいと言うなら止めませんが」


 ルシウスは微笑を浮かべ、シエラに顔を向ける。


「そうでしょう、令嬢探偵殿?」

「え、ええ……。そうね。凶器であるあのハサミは誰でも持っているようなごく普通の型のようですし、誰かが真相にたどり着く可能性は高くないかと」


 科学捜査のできないこの世界では、指紋がとられる心配もないし……と心の中で付け足す。

 ダイアナは呆然とした様子だったが、やがて力が抜けたように腰を下ろした。その目から、つっと涙が流れ落ちる。


「ありがとう……ございます……。このご恩は、一生忘れません……」


 しばらくの間、馬車の中ではダイアナがむせび泣く声だけが響いていた。


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