令嬢探偵、皆を集めて「さて」と言い(1)


 事件の関係者を一堂に集め、名探偵は「さて──」という言葉と共に推理を披露し始める。

 前世で飽きるほど見た探偵小説定番のこの形式は、今のシエラにとっては探偵モードに切り替えるための魔法のようなものでもあった。


 ルシウスから依頼を受けた日から三日後。必要な情報を得るためずいぶんと走り回ったが、ようやく結論を出すための材料が集まり、関係者全員を集めるに至った。

 今回は事情が周りに伏せられているため、関係者を集めると言っても、ルシウス、レオン、ジョシュアの三人だけだが。

 しかし人数なんて別にどうでも良い。シエラは三人の視線が自分に向いていることを確認し、「さて──」と薄く笑みを浮かべた。


「今回ルシウスさんにご依頼いただいたことは二つ。『ルシウス・クレイトンは先代の商会長を殺した』という手紙を送った人物を特定すること。そして、先代がどのようにして死んだのかを解明すること」

「僕たちを集めたってことは、何かわかったってこと?」


 不思議そうに首をかしげたレオンに、シエラは自信ありげにうなずく。

 それからゆっくり部屋の中を歩き、一人の前で止まった。


「例の手紙を書いたのは……あなたですね、ジョシュアさん」


 名指しされたジョシュアは、目の前のシエラをまっすぐ見据える。

 彼のその目に、焦りは見られなかった。


「ふむ。そう思った理由をお聞きしても良いですかな?」

「まずは手紙の内容です。『噂を広められたくなければ、商会長の座を降り、クレイトンの名を捨てろ』……違和感を覚えたのは、ルシウスさんにクレイトンの名を捨てることを要求している点です。ルシウスさんの力で商会が目覚ましい成長を遂げていることに危機感を持っている人物の仕業なら、単に『商会長の座を降りろ』で良いのでは? 名を捨てることまで求める必要があるでしょうか」


 レオンが「ライバルの商会の人の仕業だ」と言っていたのに、あまりしっくりこなかった理由はこれだった。


「手紙を出した人物は、ルシウスさんが商会長をしていることだけでなく、そもそも亡くなった先代と親子であったことが気に入らなかったのではないか。そう考えたとき、ジョシュアさんの顔が一番に浮かんでしまいました。先代の親友で、ルシウスさんにどこか恐れを抱いていた貴方が。だからその線で色々探してみたんです。……これを見てください」


 シエラは一枚の紙を取り出した。商会の顧客履歴が書かれた数年前の書類だった。


「ジョシュアさん、以前右手を骨折したことがあるそうですね。その時にやむを得ず左手で書いた書類がこちらです。……この字、例の手紙の筆跡とそっくりですね」

「……ああ、こんなものが残っていましたか。これでは言い訳は難しいですな」


 あまりに乱雑で、筆跡がわからないようになっていると思った手紙。正直筆跡が一致するものが見つかるとは思っていなかった。


「この商会で働く皆さんから、依頼内容を伏せて色々と話を聞いてきました。先代とジョシュアさんは古くからの友人で、お互いを誰よりも信頼し、ずっと二人三脚でやってきた」


 彼らは皆、口をそろえて言っていた。先代が亡くなったとき、言葉には出していなかったが、ジョシュアは誰より悲しんでいたと。

 そして、跡を継いだルシウスが、先代のやり方をガラリと変えて商会をみるみる大きくしたことを快く思っていないだろうとも。


「ジョシュアさんは本気で疑っているのですよね。先代のやり方が気に食わなかったルシウスさんが、対立の末先代を殺し、今の地位を得たのだと」


 ジョシュアは何も言わず、静かに目を伏せた。

 そんな彼に、レオンは信じられないというような顔をして、何か言いたげにしている。一方ルシウスは、身近な人物から自分が殺人犯だと疑われていると聞いても、いつも通り感情の読めない目をしていた。

 シエラはふわりとした後れ毛を耳にかけ、改めて三人を順に見た。


「一つ目の依頼、手紙の送り主は特定しました。では二つ目、先代の死についてです。……あらかじめ断っておきますと、これはあくまで状況証拠をもとにした推理です。何しろ一年前のことですから」


 そう断りを入れたシエラは、一冊のノートを取り出した。先代の部屋から見つけた日記帳である。


「先代はこの日記帳に、商会で働く方々の様子から、日常の些細なことまで細かく記していたようです。先ほどジョシュアさんが左手で書いた書類を見つけられたのもこの日記のおかげです。親友が骨折をして業務に支障が出ているという愚痴がしっかり書かれていたので」

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