第10話

10



相葉さんとバス停で会うようになってどれくらい経っただろう…。


俺は気づいた。


彼のことが…好きなんだって。


もう、それしか考えられなくなって…亡くなった和さんには悪いけど、ブレーキがきかないところまで来ていた。


当たりが優しい口調。

不思議な笑い方。

天然な性格。

大好きなんだって語るくせに同じページあたりから進まない夏目漱石の文庫本…。


大好きになった目尻いっぱいの笑い皺がある笑顔…


俺…引き返せないよ。



学食の喧騒の中で、俺はボンヤリしていた。

頼んだラーメンがどんどん伸びてる。


翔さんが向かいの席に相変わらず乱暴にトレイを置いた。

B定食だ。

「翔さんダイエットは?」

ボソっと呟くと、眉をハの字にして困った顔を見せる。

許せと言わんばかりの表情だ。かと思えばいつも通り強気に出てきた。

「おまえは食えよ!…のびてるぞ…ってか…おまえ最近また痩せた?」

「そんな事ないですよ?ちゃんと…食べてるし」

「食べてねぇだろが」

撫でた肩を何とかイカらせてズイッと俺のラーメン鉢を傾けてくる。

殆ど手付かずのラーメンがブヨブヨと膨らんでいるのが見えた。


「おまえさ…」

「うん…どうかしました?」

「最近…バスばっかじゃない?チャリンコ止まってんの見ないからさ、駐輪場…」


俺は一瞬チラッと翔さんと目が合った。

すぐラーメン鉢に視線を外して箸でそれを突きながら返す。

「暑いからね…バス、エアコン効いてるし」

ニコっと微笑んでみせるとすぐ俯いた。


翔さんはため息をつく。

「最近、潤とは?」

翔さんが潤くんの名前を出して俺はようやく顔を上げた。

高校受験で学校が別になった幼馴染、松元潤。

翔さんとは中学の部活で三人一緒だったから、仲が良いんだ。

「あぁ…最近会ってないなぁ…翔さんは?潤くん、翔さんに懐いてるから寂しがってるよ」


翔さんは向かいの席から上目遣いに俺を見た。

「俺たちは会ってるよ…家庭教師代払うから勉強教えろってうるさいんだ」

「ふふ、潤くんらしいね。素直に会いたいって言えないんだから。」

「変な言い方すんなよ…」

翔さんが顔を赤らめたのを見逃さなかった。

まさか…


翔さん…

潤くんのこと…



「ねぇ、翔さん…」

「ん?」

翔さんは海老フライの尻尾だけ口から出してモゴモゴ返事した。

「もし…好きになった相手が同性だったら…翔さんならどうする?」

俺はブヨブヨに伸びたラーメンの麺を掬うのを辞めて箸を置いた。

海老フライの尻尾を割り箸で掴んで皿の隅にそっと置く。

伏せていた目をゆっくり俺に向けた。

ザワザワと騒がしい学食の中…

翔さんが呟いた。



「…好きだって…伝えるよ」


俺は多分、面食らった顔をしたに違いない。

意外だった訳じゃない。寧ろその逆で、翔さんならそうするかなとも思った。だけど…あんまりにハッキリ言うもんだからさ…聞いた本人もビックリしちゃうよね。

「そうなんだ…翔さんらしい…ね」

「そうか?…でも…なんでそんな」

「じゃ、俺行きますね!次体育なんで着替えなきゃ、それじゃ」

「ちょっ!ニノっ!」

翔さんの呼ぶ声には振り返らなかった。


その代わり…

翔さんの言った、好きなら…

"好きだって…伝えるよ"

その言葉が



俺をぎゅーっと締め付けた。

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