第7話



 他の娘達にも、少なからず同じ疑問がわいたようだ。それは隠すことなく表情に表れる。


 お師匠さまもそのことを見越していたようで、皆をぐるりと見渡すと声に弾みをつけておっしゃった。




「早苗さんは数多あまたある和裁の先生の中から、どうしても私に師事したいと申し出てくれましてね。

 それで屋敷が少し遠いことも苦になさらず、通うことにしてくれたのですよ」



「はい!先ほど拝見させていただいた刺繍ししゅうも本当に見事でしたわ!

 やはり先生ほどのお方にご教授願いたいと改めて感じました!!」




 両手を合わせて、その時の感動を表すかのように、抑揚よくようをつけて彼女は言う。


 その抜け目のない後押しに「あらあら」と、お師匠さまはたいへん気分を良くした様子。満面の笑みだ。


 お師匠さまに気に入られようとしているのか、多少大げさに見える彼女の態度に軽く首をかしげていると、耳元のすぐそばで声が聞こえた。




「におうわね」




 不意打ちで、かなり驚いてしまう。


 あわてて横を振り向くと、この裁縫所で一番仲良くしているおますちゃんが、いつのまにかとなりに座っていた。


 眉間にシワを寄せたまま、彼女はもう一度言う。




「におうわ」


「あら、ごめん。キツかった?」




 私は帯にはさめた匂い袋を取り出して見せた。今日の調合は、うまい具合にいかなかった。




「バカね、あんたのことじゃないわよ。あの子よ、あの子!」


「ああ……」




 なんだ、匂い袋のことじゃないのか。と、再び帯の中に戻す私に、おますちゃんが顔を近づけて続ける。




「あの子、本当にお師匠さまの腕に惚れ込んで教えを請いに来たのかしら?

 それ以外の目的が、他にあるような気がするわ」




「まさかあ」と私が笑うと、おますちゃんはジロリとこちらを見遣みやり、「あんたは楽観的ね」と毒づく。




「他所がよこした間者じゃないかしら。これは女のカンよ」




 たっぷりとした肉付きのよいあごを反らして自信満々に言うから、思わず笑ってしまった。




(そういえば、喜代美の実家も本四之丁だったっけ……)




 笑いながらちらりとそう思ったけれど、そんな考えはすぐ消えてしまった。






 ※師事しじ……先生としてその人に仕え、教えを受けること。


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