第54話
二
ハインリヒ・ローレンスは激昂していた。
状況報告をするために執務室に入ってきた兵士たちに激を飛ばす。
「なぜおめおめと逃げ帰ってきた!」
ハインリヒが叱責すると、兵士たちは覇気をなくしてうつむいた。目立った外傷はないものの、瞳にも躰にも活力というものが感じられなかった。
「皇女殿下がおられたのであろう!? 何故、お守りしなかった!」
「…はっ、それが、皇女殿下は魔族どもを、擁護する態度をとられて、おりまして…そして、突如得体のしれぬ力により、機体が制御不能となったので、ございます。我々も、その…なんと仰ればよいか…」
「だから、命からがら逃げてきたと?」
「申し訳…ございません! それから、黒翼の王が現れ、皇女殿下を庇いたてるようにしたのち、我々のみを森の外へと追いやりました…」
堅実な性格をしているハインリヒであったが、先日の出来事もあいまって苛立ちをあらわにした。
(何故、皇女殿下が忌々しい黒翼の王と…!)
ハインリヒにとって、エレノアは高潔で清らかな存在であった。まるで女神そのものであるように、誰にも汚されてはならない存在であった。幼き頃から憧れ、慕い、月に一度の祈り日にはかかさずに出向いていたほど。
伴侶候補には己こそが相応しいと考えていた。敬虔なエレノアを支え、時に守り、より強固なサンベルク帝国を築き上げてゆくものだと思っていた。
だが、そのエレノアがハインリヒの誘いを断った。軍人の若長であるハインリヒよりも、辺境の地の少年を優遇し、極めつけには処遇を不問にしろとの命を下した。ハインリヒには甚だ理解ができなかった。
女神オーディアの加護を授からない辺境の地の民など、高貴なエレノアに相応しくない。ましてや、魔族の王などと――。
「私は、認めぬぞ…」
部下に魔族の里の襲撃を命じたハインリヒは、戦地の前線で指揮をとっていた。つまるところ、こちらが陽動であり、本来の目的は、黒翼の王不在の魔族の里を崩壊させることにあった。進軍してからしばらく経ったのち、予想していた通りに黒翼の王は姿を現した。
――かかったな。
ハインリヒはほくそ笑み、魔族の兵の殲滅にかかる。黒翼の王は次々と兵器を無効化してゆくばかりで、ハインリヒの思惑には気づいていない。作戦は成功したかのように思えた。だが突然、王の動きがとまったのだ。魔族の里の方角を静かに見やると、瞬く間にその場から消え去った。
忌々しい!
忌々しい!
忌々しい魔族の王!
(あのお方は、私の伴侶となるのだ…!)
エレノアは心優しい。だから、口車にのせられて妙な影響を受けてしまったに違いない。もしくはなんらかの弱みを握られて、魔族の王に脅迫をされているのやもしれない。そうでなければ、甚だ可笑しい話だ、とハインリヒは急いた。
「…私が、目を覚まさせてやらねば」
だが、策はある。
ハインリヒは瞳に執着の炎を燃やし、伝令を告げた。
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