第6話

「聡明な男性であると、宰相殿の御評価も高いようでございます。一度逢瀬されてみては?」

「は、はしたないわ…! お、逢瀬だなんて」

「皇女殿下はハインリヒ様がお気に召さないのですか?」

「め、滅相もない! 私にはもったいない素敵な男性だと思っているわ」

「ではよいではございませんか。ハインリヒ様からの恋文にも、“今度ぜひお茶をしたい”とありますし」

「で、でも…!」


 どうしてキャロルが楽し気なのだろうか、とエレノアは眦を下げた。


「失礼いたしました。これでは皇女殿下をいじめているようですね」

「いいえ、いいのよ。私がはっきりしないのが悪いの」

「悪いだなんて、そのようなことはないのですが、うーん、そうですねえ」


 キャロルは考える素振りを見せて、何かを閃いたように表情を変えた。


「ハインリヒ様には申し訳ないのですが、公務に伴侶探しにと最近は特にお疲れのようですから、気晴らしに郊外で休暇をとられてはいかがでしょう」

「休暇? ですが…今はそのような」

「宰相殿には私からお伝えいたします。宮殿にいらしてから皇女殿下はいつも緊張されているようですので」


 キャロルからの提案に、エレノアははっとした。

 ハインリヒを伴侶とすれば、サンベルク皇帝はもちろん、宰相もキャロルも、この国の民すべてが祝福するだろう。


 だが、エレノアは決断ができずにいたのだ。焦る気持ちをごまかすように連日訪れる男たちとお茶をして、張り付けたような笑みを向ける日々。

 サンベルクの民が皇女の子を期待している。さらなるサンベルク帝国の安寧を望んでいる。離宮の外に出てからというもの、それが日に日に重圧となってエレノアの身に降りかかっていたのだ。


「辺境の地にはなりますが、ニールなどはいかがでしょう」

「ニール? 東の端の町の?」

「ええ、緑豊かで、遮るものなど一つもない広大な土地です。きっと皇帝陛下のお耳に入ってしまったら過剰な心配をされるかもしれませんが、馬にも乗ることができます」

「う、馬…ですって!?」


 ――楽しそう、とエレノアの胸が弾んだ。


 遊んでいる場合ではないのに、これではやはり女神オーディアに叱られてしまうかもしれない。


(馬に乗ってはしゃぐだなんて、惰性よ)


 と、己を律するが、胸の高鳴りが止まらなかった。幼少期から一歩も外に出たことがなかったのだ。大事に守られていたがゆえに、身の回りの世話はすべて乳母が担っていた。そのため到底、馬に乗るような場面などなかった。


「私は皇女殿下に、この世界がどれほど広大であるのかを知っていただきたいのです」

「キャロル女官長…」

「そうして、あらゆるものを愛していただきたい。もうここは離宮の中ではないのです。エレノア皇女殿下、私は貴女様の幸せを心から願っておりますわ」

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