第69話

嫉妬?

ユウリが?

私とケイシの関係に?



「……それは、私としたいってことですか?」


「キスを?」


「ちがい、ます、そういうことを…」



体を重ねる行為を。

私の言っている意味を分かったらしいユウリは、また頬をさする。軽く私を上に向けたユウリは、「違うよ」と小さく呟く。



「キスしたいけど、あんたとヤリたいと思ったことは無い」



やりたいと思ったことは無い…。

本当に?

だって、男女の関係ってそういうのじゃないの?



「シイナの場合は、こうやって触れるだけで充分っていうか、…どっちかっていうとヤリたいより抱きしめたい感覚だから」



抱きしめたい?



「…わたしを?」


「かな」



私もユウリに抱きしめられたい…。

この優しい指先から腕に代わって、その腕で抱きしめられたい……。



ドキドキと鼓動がなる。



でも、そんな考えはしてないけない。

私はケイシのだから。


ケイシには抱きしめられたことはない。


何回も抱かれても、私をいつも見下ろしたままの男。



私から指先を離したユウリは、「そろそろ行くわ、このままだと雰囲気に流される」と、私から離れようとする。



行かないでと、そう思った私は遠ざかっていく黒い影を追いかけた。こんなにも強く足を動かしたのは、この世界に来て初めてかもしれない。


3歩ほどだけど、部屋の中を走った私はその黒い影を捕まえた。ユウリの服は掴みにくく。


私の掴む力が弱くなったのか…。

やけに硬いそれは、もしかしたらスーツや、薄いジャケットなのかもしれず。



「シイナ、」



もどかしくなり、そのまま彼の前の方まで腕を動かし、ユウリに触れたくてたまらない私は後ろから抱きしめた。



「お、おこられます、」


「おい、」


「ケイシさんに、おこられますから…」



だから。


殴られてもいい。

抱かれてもいい…。



「すき、」


「……」


「すきです、すき……」



今一度、ユウリを強く抱きしめる。



「ユウリさんが、だいすきです……」



ユウリは動かない…。




「ユウリさん、は、今、わたしを支えているだけです……、ケイシさんに、怒られるのは、私だけ……」


「…」


「だから、も、もう少し、このまま……ッ──」




視界が全部真っ暗になる。


けどこれは、視力がまた失ったわけじゃない


私はたくさん力を入れていたはずだった。

それでも、簡単に、私の腕はユウリから離れた。


体を動かさなくなった分、力が弱くなったらしい。



私の背中に強い何かが回り、そのまま引き寄せられ、顔の左側に硬い何かが当たる。硬いと言っても、暖かく、柔らかい。


ああ、ユウリが抱きしめてくれている、そう思った時私はその人の背中に腕を回した。



「……小さいな、」


「ゆ、」


「転びそうになったあんたを助けただけだ」


「…っ、…はい…」


「ごめんな…」



ユウリさんが謝ることはない…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る