第59話

──夜、夜勤の休憩中の壱成さんに電話で報告してみた。お母さんとこんなことがあったと。壱成さんは『頑張ったな』と言ってくれたけど、壱成さんが背中を押してくれたから。

壱成さんがいなければ、私はこうして母ともう二度と喋ることは無かったと思う。



「そういえば、お兄ちゃんが引退おめでとうございますって言ってました」


『ああ、』


「あの、引退というのは?」


『卒業式みたいなもんだよ』


「そうなのですか?おめでとうございます。知らなくて……」


『いや、俺も言ってなかったから』


「なにか、プレゼントでも……。4月からバイトをしようと思うので……」


『いい、これからはあんたの将来のために俺が働くから』


「だめです、2人の将来ですから、一緒に頑張りましょう」


『……高校卒業してからじゃダメなのか?』


「私が働くのは嫌ですか?」


『嫌では無いが、……あんたが過労で倒れたって聞いたら……』



過労なんて。そんなもの、ないというのに。心配性な壱成さんにクスクスと笑っていると、壱成さんも自分自身に呆れたようにため息をついた。


壱成さんは、私に何も望まない人。



「……では、あの、プレゼントというプレゼントではないのですが、」


『うん?』


「お兄ちゃんが、そういう言葉を口にしまして」


『佳加?』


「提出するのは、ずっとずっと先ですが、」


『うん』


「私の名前が入った婚姻届を、壱成さんに手紙としてプレゼントするのはどうですか?」


『──……』



壱成さんは、言葉が詰まったように、声を出さなくなった。けれどもすぐに、『それは、』と、嬉しそうな声を出した。



「それは?」


『嬉しすぎるラブレターだな』



そう言った壱成さんの声は、本当に優しく、穏やかな声だった。

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