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第44話

──夕食と、朝食が準備されていた。

それでも私が食べないと分かっているお母さんは、私に何も言うことなく処分していた。

作ってくれたという申し訳なさが支配する。

食べなくてごめんなさいと、お母さんに言うこともなく、私は家を出た。


家から出れば、壱成さんが言っていたとおり、壱成さんが家の前に立っていた。

私を見て、微笑んでくれる壱成さん。

壱成さんは学生服に、小さな紙袋を持っていた。

ここまで歩いて来てくれたらしい。

いったいどれだけの距離を歩いたのか。

車では15分ほどかかった距離。



「おはよう」


「おはようございます…」



約10分ほど前に、お父さんが家から出たはずだった。



「…父と会いませんでしたか?」



不安気味に呟けば、壱成さんは穏やかに笑う。



「会った。けど、何も言われてない」


「何もなかったのですか?」


「ああ、」


「……本当に……」


「あんたが不安がることは一つもないよ」



優しい壱成さんは、「行こう」と駅の方に歩き出した。壱成さんの横に並ぶ私は、こうして迎えに来てくれる申し訳なさにいっぱいだった。


お父さんと会ったらしい壱成さん。

もう少し時間をずらせば良かった。

待ち合わせはコンビニにした方が良かったのでは……。それでも私と壱成さんの関係になんの歪もない。


私の歩く速さに合わせてくれる優しい人。



「昨日の夜はどうだった?」


「……特に何も、ありません。会話もしていません」


「そうか…」


「本当に父とは何も無かったですか……?」


「大丈夫」



お父さんは壱成さんをよく思っていない。

お父さんは壱成さんに暴力をしないだろうか。

警察を、呼ぶなんてこと、しないだろうか?

それでも今警察がいないってことは、お父さんは警察を呼んでいない……?


警察を呼ばないのは、お兄ちゃんが撮った動画があるから?





「これを」



最寄り駅につき、駅のホームで電車を待っている時、壱成さんが持っていた紙袋を差し出してきた。

なんだろう?と、自然の動作で手が伸びる。

重たいようで軽く、軽いようで重い何かが紙袋に入っていて。



「……これは?」


「あんたに作ってきた」



作ってきた……?



「弁当。もし良かったら食べてくれ」



自分の目が、見開くのが分かった。

壱成さんは私のためにお弁当を作って来てくれたらしい。私が食べられないのを知っているから。

優しすぎる壱成さんは、一体何時に起きたのだろうか。私のために……。


そう思うと、お母さんもだった。

私の為に作ってくれている夕食と朝食を、私は食べることが出来なかった。お母さんだって早い時間に起きている。



「……頂いても……?」


「ああ、味は、保証できないが」


「ありがとうございます……」


「不味かったら捨ててくれ」


「食べます、全て。本当にありがとうございます……」



泣きそうになりながら噛み締めるように伝えれば、癖のように壱成さんが私の頭を撫でる。



「お礼を……」


「いい」


「でも、私は壱成さんに何のお返しも出来ていません」


「あんたがいればそれだけでいい」


「…重荷になっていませんか?」


「なに?」


「私たち、付き合っていません…。それなのにこれだけの事をしてくれるんですか?」


「…俺は別に、付き合いたいとか、求めているわけじゃない」



求めているわけじゃない?

好き同士なのに?

それはつまり、付き合わないってこと?

壱成さんが私の彼氏になることは、これからもないってこと?



「…私とは、付き合いたくないということですか?」


「そうじゃない、そんなことは思ってない」


「でも、求めてる訳じゃないって……」


「佳乃」


「……私、」


「これからもずっと一緒にいるから、付き合わなくてもいいと思っただけだ」



これからとずっと一緒にいるから?

付き合わなくていい?



「俺たちのこの関係は、変わらないから」

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