第16話

晴成と名乗った男に、面倒くさいと思いながら自分の名前を返した。


まぁ、もう会うことは無いだろうけど。



人相の悪い連中に追われてただけでも面倒なのに、あの手合いの連中を10人も倒したと言うのだから、彼自身も面倒に違いない。


関わっていい人じゃない事は目に見えてる。



それに、彼と居るのは少し息苦しい。


同じ寂しさを抱えてる人間の様に思えて仕方ないのに、そう思えば思うほどに距離が近づくのが怖くて仕方ない。


晴成を視界の端に捉えながらも、私はパンを食べることに集中した。




「でも、自分で言うのもなんだけど、よく血濡れの男を助ける気になったよな」


晴成はそう言って笑う。


「仕方ないじゃない。目の前で倒れた男が翌日の新聞に亡くなったとか載ったら寝覚めが悪いもの」


見て見ぬふりを出来なかっただけ。


自分の為に、晴成を助けたと言っても過言じゃないかも。



「ククク、面白れぇ」


なにを笑ってるんだか。



「ねぇ? スマホ鳴ってるんじゃない?」


さっきから低いバイブ音が響いてる。



「ああ、そうみたいだ」


慌てる様子もなくスラックスのポケットからスマホを取り出した晴成は、タップしてそれを耳に当てた。



「俺だ・・・ああ、分かった。すぐ行く」


迎えからの連絡か、とホッとする。




「迎えが来たから行くわ。これ借りてくな」


晴成はテーブルに置いてあった血に染まったタオルを握り締めて立ち上がる。


「・・・そのタオルあげる。わざわざ返してくれなくていい」


パンの最後の一欠片を租借して飲み込んでから、そう返す。



「フッ、そんなに俺との接点切りてぇか?」


「そうね。貴方は簡単に関わっていい人間じゃない気がする」


「・・・チッ」


「まぁ、気を付けて帰ってね」


ほら、行こうと玄関まで誘導する。



不服そうにしながらもついてくる晴成。


気を悪くしたとしても、さっきのあれが私の本心だから仕方ない。



玄関で晴成を送り出す。


「じゃ、さようなら」


「ああ、またな」


「またなんて無いよ」


ひらりと手を振ってドアを閉めた。


最後に見た晴成の顔は怪訝そうに眉を寄せてたけれど、そんなの知ったこっちゃない。



ドアの前から遠ざかっていく足音。


冷たく追い出しちゃったと胸が少し痛んだけれど、私たちはそれぐらいの他人なんだと思い返した。



だから、私は知らなかった。


マンションの下に彼を迎えに来た車が黒塗りの厳つい車だった事なんて。



そして、その彼と再び出会うことになるなんて。

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