カラカラと回り出す歯車

第2話

「はい、今日で辞めさせてください」


私がそう言って頭を下げるのは、道場の師範代。


幼稚園の頃から10年間お世話になっていた空手道場を、私は今日辞める。



「響ちゃん、後悔はしないかい?」


眉を下げて残念そうに私を見る師範代。


「はい」


意志は固い。



「君なら、四年後のオリンピックで正式種目になった空手で、選手として活躍できる可能性だってあるんだよ?」


「師範。買い被りすぎですよ。私なんてまだまだです」


「いや、君の実力は素晴らしい。それをここで辞めてしまうなんて勿体なすぎるよ。各大会で君は素晴らしい成績を残してるじゃないか」


稽古の時には厳しい激を飛ばす師範代が、優しく諭すように語りかけてくる。


「ごめんなさい。引っ越し先から通うのは無理なんです」


「響ちゃん・・・・意志は固いんだね?」


「はい」


しっかりと師範代の目を見て頷いた。


「・・・分かったよ。いつでも戻ってきて良いんだからね」


ポンと肩に乗った師範代の大きな手は温かい。



「はい、長い間お世話になりました」


腰を折って深々とお辞儀した。



「困ったことがあればいつでも相談に来なさい」


眉根を下げる彼は、うちの事情をよく知っている。


だから、いつだって私のことを心配してくれていた。



「はい。失礼します」


師範代に背中を向けて歩き出す。


目尻に浮かんできた涙を飲み込むよう深呼吸した。


背中に彼の心配そうな視線が刺さっている。


だけど、私はもう空手を続けていく気持ちには慣れなかった。


だから、引っ越しを期に辞める事を決めた。



ううん、空手だけじゃない。


今の私は生きること事態に、何かを見いだせずにいたんだ。






通いなれた道場を振り返る。


この場所には思い出が詰まってる。


だけど、後悔はしないだろう。



道場の門に向かって深々と一礼してから、歩き出す。



さぁ、今日はもう一仕事しなくちゃね。


道をしっかりと踏み締めながら家路についた。

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